「海上奴隷」の実態に迫ったドキュメンタリー映画「ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇」(ユナイテッドピープル配給)が5月28日からシアター・イメージフォーラムほか全国で公開する。映画では海の上で奴隷として強制的に働かされている男たちを紹介した。違法漁業の実態を通して、格差の大きさを実感できる内容になっている。(石田 吉信・Lond共同代表)

「何を観せられているのだろうか。これは現実なのだろうか」

まるで非日常的な、フィクションの映画やマンガを観ているかのようだった。シャノン・サービス氏、ジェフリー・ウォルドロン氏による共同監督ドキュメンタリー「ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇」。

この映画に出てくる人身売買や拉致による「海上奴隷」は今もなお、世界中の海上で起きている。劇中の奴隷として働かされている男性は泣きながら「人生を棒に振ってしまった」と語る。違う。あなたは拉致されたのだ。無休、無給で暴力に支配された、命の危険がずっと間近にある場所に拉致されたのだ。それなのに「人生を棒に振ってしまった」なんて自己責任論のような、自戒のような言葉は不要だと思った。

この映画の舞台はタイとインドネシアを繋ぐ海。内容は日本人にも関係深い。令和元年の水産物輸入総量は247万トン、水産物輸入総金額は、1兆7,404億円に及ぶ(水産庁)。

キャットフードの日本の年間輸入の約半分はタイからで、平成29年度のペットフード産業実態調査の結果では、日本がタイから輸入しているキャットフードの輸入量は6万9813トンと、2位のフランスや3位のアメリカを大きく上回る量だ。

この映画のキャッチコピーである「あなたの買った魚は奴隷が捕ったものかもしれない」というのは本当に起こりうることなのである。おそらく私もそれを過去に口にしたことがある1人であろうと想像すると胸が痛んだ。

昨今、SDGsやESG投資の機運が高まるにつれ、サプライチェーンの透明化、人権や環境に配慮したトレーサビリティ(生産から廃棄まで)を透明化する企業が増え始めている。

しかし、消費者側がそのようなクリーンな食料品を求めるか。それはそう簡単なことではないと思う。例えば回転寿司のネタがどこ産なのか聞く人はどのくらいいるだろうか。スーパーでのシーフードの産地が購買動機に関わる人はどれくらいいるだろうか。

一つ一つの商品のサプライチェーンを消費者側が精査していくのは簡単なことではないと思う。なので、国の法案やESG投資などの機運の高まりが有効的なのではないかと思うが、このドキュメンタリーの主人公・労働権利推進ネットワーク(LPN)共同創設者のパティマ・タンプチャヤクル氏と、自身も海上奴隷になった経験がありパティマ氏に助けられ、現在はパティマ氏と共に活動するトゥン・リン氏のもとにこのドキュメンタリーの最後にタイのプラユット首相が「IUUを取り締まる法規制を強める」と話しに訪問に来たが、「それでもまだ違法漁業は無くならない」と映画の最後スクリーンにはテロップが流れた。

クリーンな社会作りを掲げる政治家に投票することも大切なことだ。トレーサビリティのことも、投票についても、書いていて正直なところ綺麗事のようにも感じるが、それしかないのだ。

不正や搾取は自然には無くならないと思う。利権を守る、支配、搾取構造などは歴史を見ても、世界中を見回してもありふれたこと、おそらく人の本能に近いことなのだろうと思う。

人権侵害の被害者たちの存在を知り、理性を持ってその問題に加担せず、解決に貢献することを一人でも多く、少しずつでもしていかなければ世界中で起こる人権侵害は無くなっていかない。まずは、「知る」という点でこのような利権や犯罪に立ち向かい、命をかけて作られたドキュメンタリーにはとても大きな価値があると思う。

この映画の核心は「資本主義社会のひどい格差」だと思った。私は渋谷の映画館でこの映画を観終えて、4月の平日17時の渋谷を歩いた。劇中に出てくる村との違いに、そこに出演している人々と渋谷の街を歩く人々の違いに、そのあまりに隔てられた大きな違いに、虚無感におそわれ立ち尽くした。おそらく私自身も地球上で富める側として生きている。

人身売買の問題。IUU漁業(Illegal, Unreported and Unregulated漁業)つまり、「違法・無報告・無規制」に行なわれている漁業の問題。世界ではそれだけが問題ではない。気候変動、生物多様性の崩壊、海洋プラスチック汚染、飢餓、教育格差、ジェンダー問題、あげたらキリがないくらいに社会問題に溢れている。まさか、2022年に火薬を使った、市民の命が奪われる戦争まで始まってしまった。

2022年を生きる私たちはどのように生きるべきだろうか。自分が豊かに生き延びるため、自分の欲求を満たすことだけを考えて生きるべきなのだろうか。社会問題を知ってもその問題のあまりの大きさに目を逸らす人もいるだろう。そもそも問題を知るに至らない人もたくさんいるだろう。

でも、このドキュメンタリーに出てくる10年も20年もの間、拉致され、母国から引き離され、不当に働かされている人たちは、特に先進国の私たち一人ひとりの消費者の無関心によって起きている現実とも言える。

全ての問題をすぐに解決することは難しいと思う。でも、まずは社会問題を知り、自分ができることから問題の解決に少しでも貢献しながら生きることが大切なのだと思う。

この映画は「海の奴隷」という社会問題だけでなく、その問題を解決すべく行動するパティマ氏たちがそのアクションをするに至った経緯なども丁寧にスポットライトを当てている。私も大きな社会問題の前に虚無的に思考停止せずに、彼女たちを見習ってできることから人権の尊重される社会作りに貢献していきたいと思う。

ユナイテッドピープル配給のドキュメンタリー映画「ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇」は、5月28日からシアター・イメージフォーラムほか全国で公開する。