6月26日から、全国372館の劇場で「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ゲド戦記」の上映が始まった。23年の時を経て劇場で観賞したが、昨今の気候危機を踏まえて観賞すると、とても感慨深いものがあった。(Lond共同代表=石田 吉信)

1997年に公開されたもののけ姫

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” open=”no” style=”default” icon=”plus” anchor=”” class=””]「人と自然」の共生を願うアシタカの物語

時代は室町時代、エミシ(蝦夷)の一族のひとり、アシタカが村に現れたタタリ神を、村を助けるために射止め、代わりに呪いを受けるところから物語は始まり、そのタタリが生まれた根源である西の町を目指して旅をする。

その旅で出会うタタラ場という製鉄所を営む要塞のような町、そこに働き生きる人々、タタラ場を取りまとめるエボシ御前、その町の工業により搾取される自然、その自然破壊に怒る山犬のモロ一族と自分を山犬だと言うサン(もののけ姫)。

人の営みによって失われる自然とそれを守ろうと戦う山の生き物たちとの狭間で「人と自然」の共生を願うアシタカの物語は、まさに現代へのメッセージと痛切に感じられた。

私たちは、既に作られた文明や文化や慣習の上に生きている。
私たちが様々な現代の利器を使うから作るのだ。
だから、この物語の、否、この現実世界の自然破壊に、現代を生きる私たち一人ひとりは加担しているのだ。

「科学者の声を聞け」と警笛するグレタさん

環境活動家のグレタ・トゥンベリさんが「科学者の声を聞け」と警笛するように、IPCC(気候変動における政府間パネル)は産業革命から世界の平均気温上昇を1.5度以内にせよという要請をし、それを受けて昨今各国が気候変動対策に動いている。

もし、世界の平均気温が2度上がってしまった場合、世界の暖水性サンゴ礁の99%は白化し、死んでしまうというシミュレーションもある。

サンゴ礁に住まう海洋プランクトンが地球上の多くの酸素を作っているという説もある。
全ては説だ。科学は仮説だ。もちろんこの気候変動は長い地球の循環の中にあり、人がどうこうできるものではないという説を信じる人もいる。

しかし、もし真実が人の生き方一つにより変わる未来があるならそれ信じてみたいと個人的には思っている。

さて、様々な憎しみと欲望の中で、それぞれの正しさの中で、人と自然はどのように共存していけるのか、

そんなことを劇中、アシタカ、サン、エボシ御前、だけでなく、タタラ場で営む人々、タタラ場の鉄を狙う地侍、商人のジコ坊たちのそれぞれの望むものが違う「社会」の中で僕は複雑な気持ちで見つめていた。

この作品は善悪などのわかりやすい二項対立でできておらず、まさに現実社会のように様々な人間の、様々な想いや望みが交錯するのである。
登場人物も現実世界のように多面性のあるキャラクター設定になっている。

例えば、エボシ御前は、石火矢という武器をもって森に侵攻してもののけたちを殺戮し、それがタタリ神を生み出すなど、悪人と捉えられるような女性リーダーだが、彼女は身売りにされた女性をタタラ場に引き取ったり、差別や偏見の目で見られることも多い病(ハンセン病?)にかかった者たちにも優しい声をかけ、タタラ場という製鉄所を営む町でみんなに仕事と活気ある暮らしを与えたりしている。

タタラ場の男たちが自然を切り拓いていくのも生活のためにやっていること。タタラ場の人々にとっては、エボシ御前は頼れるリーダーであり、光のような存在なのだ。

アシタカはその静謐な眼差し(曇りなきまなこ)でタタラ場の町やエボシ御前を見つめ、一概に自然破壊を止めろと言い放つようなことはしない。

これは安易な情報に流されがちな現代人に求められる力なのかもしれない。
関わり合う人々がみな幸せで、豊かであるためにどのような社会を作っていくべきか。

人の欲、果てなき欲。
止まることのない経済活動。
今より豊かになりたい、人の上に立ちたい、他の人より優れていると誇示するために着飾りたい、有名になりたい、楽をしたい、快適に過ごしたい、美味しいものを食べたい、死にたくない、長生きをしたい。
人の性とも言えるこのありふれた欲望を抱え、私たちはどのように自然と共存していけるのか。

過分に搾取せず、足るを知り、自然の恵みを循環可能な分だけいただき、その循環の中で自然と共存できるような時代は訪れるのだろうか。

劇中では、自然への畏敬の念を忘れ、命そのもののメタファーでもある、生と死を司る「シシガミ」すらも、病を治し、死を遠ざける力があるとしてジコ坊、エボシ御前はその首を狙う。

人間の愚かさ。一方的に自然を搾取する人々。
果たしてこれは劇中だけのことだろうか?

怒るシシガミに異常気象を彷彿

怒るシシガミの前では人々は無力であった。
それは現実世界の気候危機における大型台風、津波、洪水、森林火災、新型コロナウイルス、バッタの大量発生、などを彷彿させたのは私だけであろうか?

昨今の私たちは身の丈を超えて自然を搾取し、その報復、タタリにあっているのではないか?

そういう考え方は宗教的な内容として捉えられがちだが、海山川やあらゆるものに神が宿っているヤオロズの神々は、私たち日本人の昔からのアイデンティティとして肌感覚で納得できるものはないだろうか?

個人的な感覚としては、科学者の声云々の前に今世界中で起きている気候危機における一片一片に、人々が身の丈を超え、足るを忘れ、自然への畏怖を忘れていることによるタタリに感じてしまうのだ。

「アシタカは好きだ。でも人間を許すことはできない」
「それでもいい。サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。共に生きよう。会いに行くよ、ヤックルに乗って」

こう結ばれるこの作品は一人一人の想いを尊重し共生を模索するアシタカの優しい心を感じる。

他にも、タタラ場でアシタカが決死のサンを救ったシーンで、命などいらないというサンに、アシタカは「生きろ、そなたは美しい」と告げたのが印象的だった。

これは単純にサンのルックスを褒めたわけではなく、サンが人間であるにも関わらず自分を山犬だと言う、曖昧なアイデンティティによる自己嫌悪を感じ取り、1人の個人としての価値や尊厳をちゃんと認めるかのような一言に感じられた。

そういったアシタカのような優しさと冷静さを持ち合わせた人間でありたいと改めて思った次第である。

是非、劇場で自然への畏敬の念を持ち、我々は自然とこれからどのように共生していくべきなのか、自分に問いながら観賞してみてほしい。

石田吉信:
株式会社Lond代表取締役。美容師として都内3店舗を経て、28歳の時に異例の「専門学校のクラスメイト6人」で起業。現在銀座を中心に国内外、計22のサロンを運営中。1号店のLondがHotpepper beauty awardで4年連続売り上げ全国1位を獲得。「従業員第一主義」「従業員の物心両面の幸福の追求」を理念に、70%以上という言われる高離職率の美容室業界で低離職率(7年目で160人中5人離職)を実現。また美容業界では未だほぼ皆無であるCSR、サステナビリティに向き合い、実践の傍ら普及にも努めている。instgram
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