65歳以上の高齢者は1950年以降一貫して増加し、総人口に占める割合は29.1%(2021年)。少子化の今、この割合は今後も上昇を続け、2040年には35%にまで上がるといわれています。少ない生産年齢人口で多くの高齢者を支える時代に直面している今、そしてまた地域の関わりや個人のつながりが希薄になっている今、人々の苦しみに向き合い、それぞれが豊かさを実感できる社会を目指したいと、看取りの現場での経験を生かし活動する団体があります。(JAMMIN=山本 めぐみ)
「死」という解決困難な苦しみとの関わりを通じて学んだ、対人援助のアプローチをさまざまな課題に取り組む人へ
一般社団法人「エンドオブライフ・ケア協会」は、ホスピス医としてたくさんの患者の死と向き合ってきた医師の小澤竹俊(おざわ・たけとし)さんが代表理事を務め、その現場で培ってきた対人援助のアプローチをもとに、人生の最期まで豊かさ(Well-being)を実感できる社会を目指して活動しています。
「看取りの現場で培ったさまざまな経験は、医療や介護の現場に限らず、現代の超高齢化社会において、地域が抱えるさまざまな課題に応える力、あるいは失われつつある地域のコミュニティを再びつなぐ力になる」と、これまでに全国各地で、苦しむ人と関わる担い手の育成を行ってきました。
医師として、たくさんの看取りに携わってきた小澤さん。
「『死』に直面して解決が困難な苦しみがある中でも、たった一人でも自分の苦しみをわかってくれる人がいて、また自分の『支え』に気づいた時、苦しみは残り続けたとしても、人は穏やかさを取り戻す可能性があるということを学びました」と話します。
「今の時代、人生の最終段階に限らず、社会からの孤立やさまざまな格差…、多くの方たちが苦しみを抱えています。看取りの現場で培った経験、それは『死』という解決できない苦しみへの関わり方そのものです。この経験を、医学的な専門用語を使わずに、医療や介護の専門職の方だけに限らず、地域で苦しむ人の力になりたいと願う人たち、さまざまな課題解決に取り組む方たちと共有していきたいと考えています」
「日常の大小さまざまな苦しみに、私たち自身が気づいていないことがある」と話すのは、理事の千田恵子(ちだ・けいこ)さん。
「仮に気づいたとして、何とかしたいと考えた時、どうしても『解決しよう』というところにしか目が向きません。しかし私たちが経験してきたのは、迫りくる『死』という自分たちではどうすることもできない、解決が困難な苦しみです」
「もちろん、それぞれの役割や専門性を持って解決できることは解決する。しかし『なぜ自分だけ』『私の気持ちは誰にもわからない』と、自分の生き方さえも否定されたような苦しみを抱えている方を前にした時、どのように声をかけたらよいのかわからず、足がすくむこともあります。それでもなお、苦しみを抱えた人や自分自身とも向き合える対人援助のアプローチを、研修を通じてお伝えしています」
苦しみと向き合うためには、「支え」を感じられることが大切
「『解決の困難な苦しみを抱えた人と向き合う』ということは、決して美しい言葉では語れません」と小澤さん。
「日々患者さんと接していると、怒りの矛先がこちらに向かってくることもあれば、罵声を浴びたり、私自身心折れることも何度もあります。それでも苦しみと向き合うためには、援助者自身も『支え』を感じられることが大切です」
「どんなに苦しいことやつらいこと、思い通りにならないことや無力感に苛まれることがあっても、『自分にはこれがある』『これがあるからがんばれる』という、誰かや何かとの『つながり』です。これは人とは限りません。手で触れられるものとも限りません。『目に見えない伴走者』という表現をしますが、先に逝っている誰かということもあります」
「『自分を信じる力』や『自分自身とのつながり』とも言えるかもしれません。役に立たない自分、無力な自分、それでもなお『自分にはここにいてもいいんだ』と、そこに留まることができる何かです。苦しみを目の前にして、それを解決できない自分を認識し、なおそこにいても良いと感じられること。問題が解決できて『よくできました(Very good)』ではなくても『Good enough(これでよい)』と感じられるヒントをお伝えしたいと思っています」
苦しみとは「希望と現実の開き」
「『援助』とは、特定の立場や役割の人が一方的に提供するものではありません。誰もが苦しみを抱えながら、互いに支え合って生きています」と千田さん。他人の苦しみに気づき、関われる人を育てるためには、援助者自身もまた自分の苦しみに向き合い、「支え」を感じられることが大切だと話します。
「自分の望み通りに物事がすすまなかったりうまくできなかったりした時、苦しいとまでは認識しなかったとしても、モヤモヤしたりイライラしたりすることがありますよね。よくないとわかっているのに、つい大切な人やものを傷つけてしまうこともあります」
「それはなぜか。私は『苦しい』からだと思うのです。なぜ苦しいのか、苦しみとは何なのか…。ここを紐解いていくと、それは『希望と現実の開き』なんですよね。私たちは苦しみの本質を『希望と現実の開き』ととらえています」
「『希望と現実の開き』に気づいた時、何ができるかを考え、行動に移せることであれば、そうすることができます。ただ、苦しみには解決できることと解決できないことがある。たとえそれが解決できない苦しみだったとしても、それまで気づかなかった『支え』に気づいた時に、穏やかさを取り戻す。その人は自分自身の存在を認め、肯定し、苦しみと向き合う可能性さえも開けてくるのです」
「たとえば、『病気だから苦しい』『死を前にして自分は不幸』というのは、もしかしたら関わる人の思い込みなのかもしれません。思い込みは、ともするとその人の本当の感情に気がつく感性を奪っているかもしれません」
「たとえ病気で命が限られていたとしても、役に立つ、よくできたと言える自分でなかったとしても、心穏やかに『自分は幸せだ』と感じられる人がいます。苦しみは残り続けたとしても、穏やかになることができる人がいます。そこにあるのは『自分の苦しみをわかってくれる』と感じられる相手や『支え』の存在なのです」
相手の全てをわかることはできなくても、相手の「わかってくれる人」にはなれる
穏やかさを感じられる「支え」とは、家族がそばにいるということや肉体的な痛みが少ないこと、あるいは大切なペットと一緒にいること、好きだった庭が見えること…、人によってさまざまだと小澤さん。
「ただ、いずれにしても言えることは、そこに『自分の苦しみをわかってくれる』と感じられる相手がいること」と話します。
「わかってくれる人がいるとうれしい。それがすべての始まりなのです。ここで援助者として気をつけたいのは『私が』、『相手をわかる』のではありません。『相手が』、『自分のことをわかってくれた』と感じることは、『私が』、『相手をわかる』のとは全く別の感覚なのです」
「大切な人を失った苦しみ、余命いくばくもない中で家族を遺し先に逝く苦しみ…、本人の苦しみは他人にはわかりません。『なぜ自分が』という苦しみは、本人にしかわからないのです。『あなたの苦しみがわかります』と心から感じて言ったとしても、相手からすれば『あなたに一体何がわかるのだ』と思うでしょう」
「でも、逆の発想があります。相手のことを全部理解する、全部わかることはできなくても、相手の『わかってくれる人』にはなれるかもしれません。大事なことは私が相手をわかることではなく、相手が『自分のことをわかってくれた』と感じられることなのです」
超高齢化時代の今、さまざまな課題の根っこや志を共有する一助に
「看取りに限らず、地域が抱えるさまざまな課題、たとえば生活困窮世帯への支援、子ども食堂や自死相談、防災や防犯、まちづくり…。私たちが取り組んできた活動が、こういった課題を支援する方たちの共通言語として働くことで、より効果を発揮できるのではないか」と小澤さん。
「この先、日本の人口はますます減少します。高齢者の割合が増え、国民一人ひとりが潤沢な社会保障を受けることは難しくなり、きれいごとでは解決できない問題が多く出てくるでしょう。その時、地域の力、地域のコミュニティが今以上に問われてくるようになると考えています」
「人生を豊かにするために活動しているさまざまな団体、行政や企業、地域の方たちが、それぞれの異なる課題の根っこにある部分や志を共有し、つながりを感じながら、また実際に連携しながら、豊かな社会を築いていくことができるのではないか。その時にこの根っこをつなぐものとして、私たちの活動がもしかするとお役に立てるのではないかと感じています」と千田さん。
「苦しみを抱えた人は、誰にでも心を開くわけではありません。まずはその場にいることを許してもらえなければ、関わることもできません。たとえば虐待や思いがけない妊娠、引きこもりや犯罪からの回復、あるいは防災…さまざまな課題において、専門的な知識やスキルももちろん必要です。その上で、その人が次に進むために、苦しんでいる本人が『この人は私の苦しみをわかってくれる』と感じられる関係性を築くという世界観を大切にしたいと思います」
「批判や指導、慰めでもなく、相手の苦しみを丁寧に聴き、一緒に考えていくこと。相手のどんな気持ちや選択もジャッジせず、『あなたはそう思ったんだね』『あなたはそれを選ぶんだね』と耳を傾けてくれる人がいることが、その人自身が自分の気持ちに気づき、自分を大切にすることにつながります。そして『自分には苦しい時、支えがあった』と気づいた時、その人もまた、苦しむ誰かの力になれる。その可能性を信じています」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、エンドオブライフ・ケア協会と10/18(月)~10/24(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、苦しむ人に気づき、関わるための基本を学べる講座にて、地域のさまざまな分野で活動する担い手の方たちが学びを深めるためのショートムービー制作費として活用されます。
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、一つの根からタンポポ、アラセイトウ(花言葉は「思いやり・見つめる未来」)、スイートピー(花言葉は「やさしい思い出・門出」、サンザシの花(花言葉は「希望・新しい光」)が伸びる様子を描きました。さまざまな課題に向き合う一人ひとりが共通の志を持ち、つながりを感じながら活動する様子を表現しています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!
・「解決困難な苦しみの中でも、人は穏やかになれる」。限られたいのちとの関わりからの学びが、地域のつながりを強くする〜一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会
山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。