令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数(速報値)は20万5029件。前年度より1万1249件(5.8%)増え、過去最多を更新しました。新型コロナウィルスの影響により、家族が自宅で過ごす時間が増え、そのしわ寄せも出ているといいます。なくならない虐待の背景に何があるのか。子育てに悩む親への電話相談やグループケアなどで虐待防止のために30年にわたり活動をしてきた団体に話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)
1991年から子どもの虐待防止のために活動
社会福祉法人「子どもの虐待防止センター(CCAP)」は、1991年から子どもの虐待防止のために親を支援する活動を続けてきました。
活動の柱となる電話相談から派生して、子育てに悩むお母さんが集まって話ができる場やペアレンティングプログラムの開催、そのほかにも里親・養子縁組家庭の支援や、児童養護施設や児童相談所で働く専門職向けの研修・セミナーなども行っています。
「時代的な背景でいえば、1990年に国連が『子どもの権利条約』を国際条約として発効(日本は1994年に批准)した頃に活動をスタートしました」と話すのは、臨床心理士であり団体理事の片倉昭子(かたくら・あきこ)さん(76)。
「当時の日本は『子育ては各家庭に任せ、親子関係には不介入』という風潮が強くありました。家庭の中に子どもにとって安心安全ではない状況があっても、『それは家庭の責任』という姿勢が強くあったのです。しかし子どもの権利条約ができた流れで、『子どもの安心安全を守るために虐待に対応していかなければならない』という民間の動きがあり、その流れで私たちの団体も活動をスタートしたのです」
虐待はなぜ起きるのか
虐待に関する事件が後を絶ちませんが、なぜ、虐待は起きるのでしょうか。
「背景には孤立があると感じています」と話すのは、20年近くにわたりさまざまな相談を受けてきた相談員の永山さん。
「2019年に千葉県野田市で当時10歳の女の子が死亡した事件、東京都目黒区で5歳の女の子が虐待死した事件は大きく報道されました。母親に対する批判も少なからずありましたが、父親によるDVの中で支配され、周囲にSOSを発することができない孤立があったことは大きな問題だと思います」
「環境がすべて整っていたとしても、子育ては決して楽ではありません。子育ての中で、たとえば泣き止まない子どもの口をふさぎたくなったり、手を上げそうになったりしてしまう。子どもを怒鳴ったり叩いたりしてもスッキリするはずもなく、お母さんは『どうにかしたい、これではいけない』と苦しんでいます。何かあった時にお母さんが一人で抱え込まず、相談したり『助けて』といえる人がいることが大事です」
「泣きながら電話をかけてこられるお母さんもいます」と話すのは、同じく20年近く相談員をしている青木さん。
「自分を責めて苦しんでいるお母さんの話をアドバイスせずにただ寄り添って話を聴きます。これまで誰にも話せなかった出来事や気持ち…、これらを言葉にすることで、それが直接解決につながるわけではないけれど、少し整理できたり、気持ちが落ち着いて電話をおいてくださるといいなと思っています」
「母親は子どもがかわいくて当然」社会に根強く残る「母性神話」
「『母親は我が子がいつでもかわいくて当然』『母親は子育てできて当然』…、今でも根強く社会にある考え方が、お母さんたちを追い詰めているところがあるのではないでしょうか」と永山さん。
「世間の目ということもありますが、この考え方は、お母さんたちの間にも根強く残っています。子育てに悩んだお母さんが自分の母親に相談した時に、『私も苦労して育てたのよ』とか『あなたは母親でしょ』と言われてしまう」
「あるいはママ友に相談した時に『うちも大変なのは同じよ。でもがんばってやっているわよ』と言われてしまったら、そのお母さんは『私が悪いんだ』『私ができていないだけなんだ』というふうに思ってしまい、もうそれ以上、何も言えなくなってしまいます」
「『子どもは親が育てて当たり前、親の責任』という風潮の中で、お母さん自身が『SOSを出す=親として失格』とネガティブに捉えてしまうところがあります」と青木さん。
「勇気を出して誰かに相談しても、『子育てはできて当然』と返されてしまうと、もはやSOSを出すことを諦め、ひとりで抱え込んでしまうのです。『子育ては一人で頑張らなくていい、たくさんの大人の手が必要』という考え方が当たり前になればと思います」
「虐待」という言葉の強さも課題
「そもそも『虐待』という言葉自体、今の状況に合っていないのではないか」と片倉さんは指摘します。
「子どもが死に至るような重篤なケースも『虐待』、不適切に子どもを叱った、つい手をあげてしまったという誰にでも起こりうるようなケースも『虐待』と表現されますよね。しかし実際は、『虐待』の中にも程度があります」
「すべて『虐待』という強い言葉で表現されてしまうと、それがあまりにも強くネガティブなイメージであることから、その予兆があったとしても『これは虐待ではない』『そこまで酷くはない』と見過ごしてしまうことがあるのではないでしょうか」
「最近は『マルトリートメント』という言葉も使われていますが、虐待の予兆や子育て不安など広い意味での理解や支援が社会にひろがっていくことが、本当の虐待防止につながっていくのではないかと考えています」
働く女性が増える中での子育てを取り巻く状況の変化
近年働く女性が増え、家庭や子育てを取り巻く環境も大きく変化しています。相談の内容や課題も変わってきているのでしょうか。
「夫婦でうまく家事や子育てを分担される家庭がある一方で、仕事もしつつ保育園や幼稚園の送り迎えや食事、お風呂もすべて一人でこなし、夫が夜遅くに帰宅するのを待つというお母さんもいて、電話相談でもその苦しさを吐露されることも少なくありません。以前に増してお母さんの責任や負担が重くなっていると感じます」
「父親の育児参加も進んでいますが、お母さん達はどこか遠慮したり、かえって負い目を感じたりしていることも少なくありません。お父さんには、まずお母さんの頑張りを理解してもらえたらと思います」
「近年、母親や子育てを支援する制度やサービスこそ整備されてきていますが、結局のところ社会の理解というか、子育てという大仕事を『その親子の問題』『その家庭の問題』として扱い、積極的に関わっていかないという姿勢は、昔からあまり変わっていないのではないでしょうか。『母親なんだから子育てをして当然』、何かあれば『母親の責任』『どういう育て方をしているんだ』という社会の批判的な目が、変わらずあると感じています」
「言葉にすること、そして聞いてもらえる経験はすごく大切」
「今はネットにも子育てに関する情報がたくさんあります。たとえば『子どもが離乳食を食べない』という時に、スマホで検索して、すぐに別の方法を探すことはできるかもしれません。しかし『子どもが離乳食を食べなくて、イライラして無理やりスプーンを口の中に突っ込んでしまった』という時に、その解決策は、同じようにネットでは見つけられません」と永山さん。
「なぜそうしてしまったか。その裏にはお母さんの大きな不安や焦り、怒りがあるかもしれない。その感情は一体どこからやってくるのか。核家族化が進む中で、夫や親、周囲の人たちとの関係性、お母さんの怒りや悲しみや不安の矛先が、非力な子どもに向いてしまうこともあります」
「私たちは相談を伺う際、『お母さんは何に困っているんだろう、どんな気持ちでいるんだろう』というところに集中し、言葉にしやすいように意識しています。『人に聴いてもらえた』という経験はすごく大切で、お母さんが本当に言いたいことを吐き出して、それを受け止めてもらえた時、それが安心感につながって、子どもに向き合う力にもなっていくのだと思います」
「『子どもがかわいくない』『手をあげてしまった』…、お母さんは、そんな自分を責めて自信を失っています」と青木さん。
「マイナスの気持ちが、言葉にすることで少し解放されます。気持ちを言葉にする過程で、お母さん自身が本当に悩んでいることは何かに気づくこともあります。つらそうに電話をかけてきたお母さんが、次第に落ち着いて、最後には明るく『これからお迎えに行ってきます』とか『落ち着いて子どもを抱っこできそうです』と電話を切ることがあります。『誰かにわかってもらえた』ということは力になるのだなと、お母さんから教えられています」
「親子関係も人間関係。相手を思いやる気持ちが大切」
虐待を社会で防いでいくために何ができるのか。片倉さんにお伺いしました。
「私は『あなたのことを大切に思っているよ』ということを、大人がいかに子どもに伝えていくことができるかということが重要だと思っています」と片山さん。
「親から我が子に伝えるだけではなくて、社会の大人たちが皆で伝えていくことが大切なのではないでしょうか。そう思うと、大人や子どもに関係なく『コミュニケーションをとること』が大切になってくると思います」
「たとえば『子どもは親の言うことを聞けばいい』ということではなくて、親子関係も人間関係なんですよね。関係を円滑にするために、ちょっと相手の気持ち、自分の気持ちを考えてみる。友人関係や職場関係も同じです」
「感情がこんがらがることもあるけれど、少し冷静になり、距離をとって『相手はどうか、自分はどうか』を考えてみることが大事なのではないでしょうか。たまにでも良いから、親子関係であっても、互いの人間関係を振り返ってみてもらえると良いのかなと思います」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、子どもの虐待防止センターと2/14(月)~2/20(日)の1週間限定でコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、電話相談をはじめとする活動を継続して行っていくための資金として活用されます。
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、いろんな窓を描きました。うまくいく日もいかない日も、嬉しい日も落ち込む日もきっとある。だけどより良い明日のために、共に手を取り合って生きていこう、という思いが込められています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!
・子育てに悩む親を支えることは、子どもを守ること。「あなたを大切に思っているよ」というメッセージを次世代へ〜社会福祉法人子どもの虐待防止センター
山本めぐみ(JAMMIN):
「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は390超、チャリティー総額は6,500万円を突破しました。