自力での呼吸が難しく、人工呼吸器をつけて暮らしている人は日本に2万人ほどいるとされています。1989年、人工呼吸器をつけることはすなわち「一生病院から出られない」といっても過言でなかった時代に、人工呼吸器をつけた人たちの豊かな暮らしを目指して作られた団体があります。それから30年あまり、人工呼吸器をつけた人たちを取り巻く環境はどう変化したのでしょうか。(JAMMIN=山本 めぐみ)
当事者や家族への情報の発信と人工呼吸器の理解を広げるために活動
「バクバクの会〜人工呼吸器とともに生きる〜」は、人工呼吸器をつけた子どもたちの親の会として1989年にスタートしました。当事者やその家族に向けて情報を発信しているほか、全国に15ある支部のサポートを行いながら、国や自治体への働きかけや、人工呼吸器の社会的な理解を広げるために活動しています。
「団体を立ち上げた30年以上前は、人工呼吸器といえば病院の備え付けもので、それをつけることはすなわち『外には出られない』ということを意味しました」と話すのは、事務局の折田(おりた)みどりさん(60)と平本美代子(ひらもと・みよこ)さん(70)。二人のお子さんも当事者です。
「アメリカ製のポータブル人工呼吸器が入ってきて、外に出たり自宅に帰れるようになった時に、『ただ天井を見ているだけの生活ではなく学校へ通ったり楽しいことをしたり、子どもとして当たり前の生活を送らせてあげたい』と制度もまだ何もなかった時代に、実践ありきで活動を続けてきました」と振り返ります。
「当時は今のように訪問看護などの制度もなく、ボランティアさんに助けてもらいながら家族がつきっきりでケアをしてなんとか生活している状況でしたが、今は国の制度も大きく変わり、自宅や学校でも介護や看護のサービスがうけられるようになりました」
しかし一方で、全国どこでも同じレベルで支援が行き届いているわけではなく、地方によって格差があったり、「逆に制度に縛られてケアの内容や範囲が限定されてしまうといった課題も出てきている」と二人。「生きやすい社会の実現のために、当事者や家族の声を発信し、提起していかなければならない」と話します。
人工呼吸器とは
そもそも、人工呼吸器とはどのようなものなのでしょうか。
「病気や障害によって自力での呼吸の力が弱い時に、それを助ける機械です。目が見えにくい人は、メガネをかけますよね。それと同じです。呼吸しにくいから、人工呼吸器をつけて暮らしています」と折田さん。
「私たちの体は呼吸によって酸素を取り込み、二酸化炭素を排出しています。酸素を取り込む時、横隔膜が下がることで空気が肺に流れ込むしくみになっていますが、何らかの事情で空気が肺に流れ込む力が弱い時に、人工呼吸器の助けを借りて空気を送り、その力で肺を膨らませています」
「先天的な症状だけでなく、事故や病気など後天的なもので自発呼吸が難しくなり、人工呼吸器をつけている方もいます。状況にもよりますが、気管を切開して直接喉に管を入れる方法のほかに、口元にマスクのように人工呼吸器をつけることもあります」
「意思疎通ができて昼間は元気に走り回っているけれど、就寝時だけ呼吸が止まる恐れがあって人工呼吸器をつけているという人や、脳障害があって意思疎通も難しい方もいます。つけている方の年齢層も、会員の方は0歳から60歳までと幅広いです」
この30年で、在宅で使える人工呼吸器の開発が進み、最近ではノートパソコンほどの大きさで、重さも4〜5キロとコンパクトなものも登場しており、本人の症状や呼吸の状態にあわせて選べるようになっているといいます。
「人工呼吸器は、生活のためのパートナー」
一昔前は電子レンジぐらいのサイズで、重さも20キロほどあったという人工呼吸器。小型化・軽量化が進んだことでより外出こそしやすくなったものの、一歩外に出ると、社会の理解が進んでいないためにさまざまな壁があるといいます。
「人工呼吸器と聞くと、手術の際に呼吸を助ける生命維持装置としてのイメージが強い方も少なくありません。生命維持装置としてのイメージばかりが先行すると、人工呼吸器に対し、何か触ってはいけないような、こわいもの、大変なものをつけているような印象を抱かれがちです」
「しかし私たちは、人工呼吸器を生活していくための補装具として用いています。私たちは『医療的ケアは生活支援行為』といっているのですが、ただ『生活を送るために必要なパートナー』なのだということを知っていただきたいと思っています」
課題の多い、公共交通機関の利用
中でも公共交通機関の壁は高く、電車やバスでは、これまでに何度も乗車拒否がありました。
「少しずつ理解は進んでいますが、人工呼吸器が医療機器として扱われ、『吸引等は医療行為なので乗車できない』『医療従事者がいないと乗車できない』とか、『新幹線は電圧が不安定なので何かあっても責任はとれません』といった誓約書にサインを求められたこともあります。鉄道会社やその管轄によっても対応にバラつきがあります」
「鉄道はそれでも、一人分の料金(乗車券は障害者割引あり)で乗車できます。しかし飛行機はそうはいきません。座位が取れる人は座席に座れるので良いですが、そうではない人は、座席を倒してストレッチャー席を設置する必要があり、その際、その分の料金が何倍もかかってしまうのです」
「昔は9倍かかりました。航空会社と交渉して減ったものの、今でも3.5倍程度の料金がかかります。さらに介助者も同乗するとなると非常に高額になるため、飛行機は高いハードルです」
「好きで人工呼吸器をつけているわけでも、望んで寝たきりになったわけでもありません。どうしてもそういうふうにしか乗れない人に対して、『あなたは普通に座れる人の倍以上の席を使ってるんだから、お金を払うのが当然でしょ』なのか、『あなたにとってはそれが一席なのだから、一席の料金でいいよ』なのか。どう捉えるかが、企業や社会に問われています」
頑張っても、地域の学校に受け入れてもらえない現実も
もう一つ大きくあるのが、「学校の問題」と二人は口を揃えます。
「地域の学校に通いたくても、人工呼吸器を理由に断られるケースが少なくありません。学校側は『命に関わるから介助はできない。親に付き添ってもらえないと通えない』という姿勢がほとんどで、そうなると親御さんが働いている場合、仕事を辞めなければなりません。看護師等の配置も進んできましたが、まだまだ足りなかったりとさまざまな問題を抱えている状況です」
「中にはすんなり入学できる地域もあります。名古屋や広島の学校では普通に入れたという報告も受けていますが、一方で、たとえば神奈川の相模原では、地域の普通学級で学ぶことを希望されているお子さんが『支援学校に籍を置きながら、普通学級と一年間行き来して様子を見て、特に問題がなければ転校しても大丈夫』という市の教育委員会との約束が頓挫してしまい、結局、今どちらにも通えていないという話も聞いています」
「普通は、何もがんばらなくても小学校に上がる年齢になったら、教育委員会から『この小学校にきてくださいね』と通知が届きます。でも人工呼吸器をつけている子たちには、がんばらないと届きません。闘っても闘っても、希望通りにならないこともあります。同じ地域で生きているのだから、『どうぞうちの学校に来てください』と大手を広げて迎え入れていただきたいと願っています」
「自分は病児ではない、一人の人間だ」
2021年1月にこの世を去った、平本さんの娘の歩(あゆみ)さん(享年35)は生前、人工呼吸器をつけて各地を訪れる、バイタリティーにあふれた人でした。
「本人ではないので正確には代弁できませんが、『自分は病児ではない、一人の人間だ』という思いはずっと持っていたと思います。それが歩さんの生きる原動力だったと思います』と母親の平本さん。
「25歳の時に一人暮らしをして、自分らしい生活をして人生を楽しんでいたと思います。ヘルパーさんたちとも介護する・されるという関係を超え、一人の人間、対等な人同士としての関係を築いていました。親の世話にはなりたくないというオーラがいつも出ていて、自立したい、という本人の意志はものすごく感じていました」
「歩さんは他人の目を気にしない、我が道をいく人でした」と折田さん。
「小さい頃から知っていますが、まさに『いのちのかたまり』のような人でした。晩年は体調を崩すことが増えて自信がなさそうにしていることもあったけれど、人を惹きつける魅力にあふれた人でした」
「旅行が好きで、いろんな場所へ足を運んでいました。講演や研修会でも全国を訪れるのですが、そんな時は終わると速攻帰ってしまう。そうではなく、彼女にとっては自分で貯めたお金で、自分で計画を立て、ホテルや飛行機も自分で手配していくことに意味があったし、楽しかったのだと思います」
「人工呼吸器をつけてあちこちに出向く姿はインパクトがあり、活動家のように紹介していただくこともありましたが、彼女としてはそういうつもりはなく、そういう風に思われることもあまり好きではなかったようです。人工呼吸器をつけていることで生きづらさは感じていたのは事実ですが、ただ普通に、本当に普通の人として暮らしていたし、それを望んでいただけで、進んでそこを伝えたかったわけではありませんでした」
「人工呼吸器ではなく、その人個人を見て」
「人工呼吸器をつけている人は、それだけで『医療の分野』『医療の世界』と区切られ、何か別物として捉えられてきたように思う」と二人。
「いろんな生きづらさや課題がある中で、変な話、そこにさえ入れてもらうこともなかったように思います。今でもそれはあるかもしれません。極端に違ったとしても、全ての人をとりこぼさない社会であってほしいなと思います。そのためには、人工呼吸器とともに、一生懸命生きる姿を見てもらうしかないのかなと思います」
「『地域で生きていく』と言葉でいうのは簡単ですが、同じいのちを持って、同じ人間として、あなたの隣で生きているということが当たり前の社会を目指したい。人工呼吸器ではなく、その人個人を見てほしい。『人工呼吸器をつけている○○ちゃん』ではなくて、『○○ちゃんは人工呼吸器をつけている』という見方が広がっていってほしいと願っています」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、バクバクの会と11/15(月)~11/21(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、人工呼吸器や人工呼吸器をつけた人に対する理解を促進したいと2016年に製作したドキュメンタリーDVD『風よ吹け!未来はここに!!』のオンライン上映会開催のための資金として活用されます。
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、メガネをかけていたり傘をさしていたり、風船で空を飛んでいたりする動物たちと一緒に、人工呼吸器をつけたクマを描きました。
「人工呼吸器とともに生きる人も、同じように社会の一員として、あなたの隣で人生を楽しみながら暮らしている」いう思いが込められています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!
・「人工呼吸器はパートナー。呼吸器ではなく、今を生きる一人ひとりを見て」〜バクバクの会 人工呼吸器とともに生きる~
山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。