数年前から巷でブームのランニング。重度の知的障がいのある息子が学校のマラソン大会で1位をとったことをきっかけに「マラソンが、社会とつながるきっかけになれば」と一人の母親がNPOを立ち上げ、活動を始めました。「マラソンを通じて、同じ『ラン友』として、障がいの有無にかかわらず闘志を称えられる社会を、作っていきたい」。そう話す、彼女の思いとは。(JAMMIN=山本 めぐみ)

障がい者ランナーに伴走ランナーをマッチング、マラソン大会の参加をサポート

マラソン大会で伴走ランナーと走るきよくん(写真中央)、母親の林優子さん(写真左)

兵庫県宝塚市に住む林優子(はやし・ゆうこ)さん(63)。息子の聖憲(きよのり)さん(28)、通称「きよくん」は、治療法が見つかっていない難病「ドラべ症候群」で、重度の知的障がいがあります。

ドラべ症候群の特徴は、重い発作。一度発作が起きると何時間も続いたり、あるいは短い発作を繰り返すことが特徴です。発作が起こる原因もさまざまで、体温の変化や、しましま模様や水玉模様など規則性のあるパターンや木漏れ日を見たりすることでも起こり、日常生活の中でそれを防ぐことは簡単ではありません。

いつ、どこで発作が起きるかわからない。そんな不安から、きよくんが幼い頃は、1日のほとんどを家の中で過ごしていたといいます。しかしきよくんが4歳の時、発作から脳症になり、生死をさまよいます。

幼い頃のきよくん。「炭水化物をほとんど食べられないケトン食療法をしていた頃です。発達の遅れが目立ちはじめていましたが、療育センターに通うようになり、オムツも取れて少し言葉も出始めていました。そんな時にてんかん性脳症になり、できていたことをすべて失い、赤ちゃんに戻ってしまいました」

「その時に、発作を恐れて楽しいことを全然経験させてあげられなかったことを、ものすごく悔やんだんです」と林さん。「そこからは好きなことを見つけてあげたい、何か輝けるものを見つけてあげたいと思って、音楽や水泳など、いろんなことに挑戦しました」と振り返ります。

特別支援学校高等部の時、学校の1.5キロのマラソン大会で1位をとったきよくん。

「誇らしそうなきよくんを見て、本当に嬉しかった。ドラべ症候群の人は、年齢と共に歩行困難になり、30歳ぐらいから車椅子生活になると言われています。実際に上の年代のドラべ症候群の方の多くが、車椅子で生活しています」

「原因はわかっていませんが、きよくんもX脚が進み、直立しても常に膝が前に出た状態で、長時間歩くのは難しいようです。完走して笑顔を見せる姿を見て、歩けるうちにできるだけたくさん思い出を作ってあげたいと思いました」

伴走ランナーと走るきよくん

「ただ走るだけではつまらない、せっかくならと地元のマラソン大会に出てみると、知的障がい者、身体障がい者のランナーも少ないし、伴走者もいません。特別支援学校でマラソンに取り組んでいるところは少なくないのに、卒業したら終わりではもったいないと思いました」

そこで2013年に、障がい者ランナーに伴走ランナ-をマッチングし、大会に出ることをサポートするNPO法人「ぽっかぽかランナーズ」を立ち上げ、活動をスタートした林さん。

「障がいがあると、どうしても挑戦することに対してハードルが高くなってしまう。やってみてダメかもしれないけど、とりあえずチャレンジしてみようという姿勢を、マラソンを通して、本人だけでなく、親御さんにも感じてもらえたらと思っています」

「あなたを待っている障がい者ランナーがたくさんいます」

「あなたを待っている障がい者ランナーがたくさんいます」と書かれたビブス

「障がい者の挑戦を応援するということもそうですが、健常者のランナーの方に『走るボランティアもありますよ』ということを知ってもらって、マラソンを通してお互いが関わる場になれば」と林さん。

「大会に参加する際にメンバーが着用するビブス(ゼッケン)の背面には、『あなたを待っている障がい者ランナーがたくさんいます』という文字を入れています。そうすると、参加する大会で『どんなことをしているんですか』とか『障がいのある人と関わったことがないけれど、走るのが好きな自分に何かできますか』と声をかけていただくことも増えました」

「障がいのある方がマラソンを通して社会と関われるように、そしてまた、それを当然のこととして受け入れてもらえる社会を、ここから作っていけたらと思っています。兵庫と大阪でそれぞれ月に1度開催している練習は、プロのコーチの方に指導していただいています。プロの指導でより効果的な練習ができるので、伴走ランナ-にもメリットがあります」

走れなくても自力でゴールできる、足こぎ車椅子との出会い

宝塚の練習会で伴走ランナーと足こぎ車いすで練習するきよくん。「先日のマラソン大会で3時間走にチャレンジし、4往復(12キロ)を2時間半で完走しました」

「ぽっかぽかランナーズ」では、走ることが難しい方のために、車いすとペダルが一体型になった「足こぎ車椅子」も取り入れています。

「いろんなマラソン大会に出場するようになったものの、きよくんは2014年ごろから、途中でしゃがみこんでしまうことが増えました。『本人もしんどいやろうな』と思って。なんとか自力でゴールして達成感を味わってもらう方法はないかと思っていた時に、たまたまテレビで足こぎ車いすの特集を見ました」

「すぐに問い合わせ、1ヶ月体験させてもらいました。足がペダルに固定されるのでとてもこぎやすそうだったし、何よりきよくんが楽しそうだったので、導入を決めました。筋力もつきます。ある車いすユーザーの方は、『足こぎ車いすを使うようになってから、トイレで便座に移るのが楽になった』と言っていました」

「ぽっかぽかランナーズで足こぎ車いすに出会うまでは、立つことも出来なかった足こぎ車いすランナーのなるちゃん。雨の中、長居ふれあいマラソンで歩いて2キロを完走しました」

「彼女はそこから、『もうちょっとできるのかも』と自信が湧いてきたようです。

『ちょっと立ってみようかな』と思ったら『立てたわ』と。車いすユーザーになる前はスポーツが好きだった彼女は、『足こぎ車いすだけでなく、歩く練習もしたい』とそこから少しずつ歩く練習を始めて、歩行器で歩けるようになりました。先日は2キロ走を、伴走ランナ-と一緒に完走しました」

「きよくんもずっと足こぎ車いすをこいでいますが、ものすごく可能性を感じています。

いつ歩けなくなるかわからないという不安の中、ある時ふと、太ももが膨らんでいることに気づき、病院の先生に『歩けなくなる兆候ですか』と尋ねたら、『これは筋肉です』と言われました(笑)。今では足を引きずらずに歩けるようになりました」

ホノルルマラソンへの挑戦

練習中の一コマ。「スペシャルランナ-は、伴走ランナーが大好きです」

今、林さんたちは、新たな夢に挑戦しています。2023年12月にハワイ・ホノルルで開催される「ホノルルマラソン」への参加です。

「ちょうど足こぎ車いすに乗り出したくらいの時、足こぎ車いすでホノルルマラソンに参加した日本人の方がいるということを聞き、いつも頭のどこか片隅にはホノルルマラソンへの挑戦がありました。きよくんの他に、2名の障がい者ランナーと伴走者ランナ-とで渡航予定です」

「実は今年、大阪マラソンの寄付先団体に選んでいただきました。もし大阪マラソンに選んでいただけたら、その時はホノルルマラソンに参加しようと思っていたので、今回こうして挑戦ができて、とてもわくわくしています。来年の大会に向けて、少しずつ練習を積んでいます」

「ホノルルマラソンに挑戦するのには、もう一つ意味があります」と林さん。

「障がいがあると、海外旅行のハードルがまだまだ高いです。きよくんは意識せず声が出たり、足踏みしたりする癖があって、やはり家族だけで飛行機に乗るのはハードルが高い。でも皆と一緒に乗ることができたら、自分たちだけよりも心強いと思っています」

「同じ『ラン友』として、称え合えたら」

「マラソン大会に参加した身体障がいランナーの方が、ゴールの後、伴走ランナーと円陣を組んで喜ばれていた姿。とても印象的でした」

「年齢が上がっていくと、もしかしたら同じようにマラソンを続けることは難しくなるかもしれません」と林さん。

「でも、とにかく今、今しかできないことを、一生懸命やれたらと思っています。きよくんにはとにかく楽しんでもらいたい。楽しく足こぎ車いすをこいでいる姿を見るのが、私も嬉しいです」

「きよくんががんばる姿を見せることが、周りの人たちの『応援したい』という気持ちにもつながると思っているので、きよくんがどこまで理解しているかはわかりませんが、今持っているがんばりたいという気持ちを失わずに持ち続けて、挑戦し続けてくれたらと思っています」

「沿道の応援が、ランナーの力になります。一歩ずつ前進し、ゴールできます」

「これは親御さんにもお伝えしたいことで、『うちの子には障がいがあるから』と挑戦を諦めて、もしかしたら、本人に備わっているかもしれない伸びる芽を奪っているかもしれません」

「一人でがんばる必要はなくて、時には周りのサポートを借りながら、親が足を引っ張らないように、本人が本人なりの夢や目標に向かっていくサポートができるような環境が整っていくといいなと思いますし、私たちはマラソンを通して、それをかなえていきたい」

「マラソンランナーが一生懸命走る姿に、沿道から声援が送られて、その声援がまたランナーの力になる。そこには、障がい者や健常者の壁もないと思っています。きよくんも、応援してくださる方たちの声を確かに受け止めています。走っている時は障がいの垣根を超えて、同じ『ラン友』として、互いを称え合えることができたらいいなと思います」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は12/5〜12/11の1週間限定で「ぽっかぽかランナーズ」とコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、2023年のホノルルマラソンへの挑戦に向けて、大学生の伴走ランナーの渡航費や現地での移動費として活用されます。

1週間限定販売のコラボデザインアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、太陽に向かって、大自然の中を走るランナーの姿。目標や夢に向かってチャレンジするすべての人を表すものとしてランナーを描き、険しくも美しい自然は、挑戦を温かく見守り、応援する社会を表しています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

マラソンを通して、障がいのある人の挑戦を応援し、それを受け入れる社会を目指す〜NPO法人ぽっかぽかランナーズ

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は7,500万円を突破しました。

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