かつて日本にも野生のオオカミが存在していました。誰もが知る童話「赤ずきんちゃん」に代表されるように、長年「邪悪で人を襲う動物」というイメージで捉えられてきたオオカミ。日本では明治時代に絶滅したといわれています。日本の森にオオカミを復活させ、シカなどによる獣害を食い止め、豊かな生態系を取り戻そうという動きがあります。「オオカミ再導入」のために活動する団体に話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

オオカミを日本に復活させるために活動

凛々しいオオカミの姿

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「日本オオカミ協会」は、生態を科学的に正しく伝えることで人々のオオカミに対する誤解と偏見を解き、オオカミの復活とそれによる自然生態系の保護や獣害事故の防止を目指して活動する一般社団法人です。

「本来森にあった生態系を取り戻すためのオオカミの復活・再導入に向けた啓発活動、より多くの人たちにオオカミを正しく理解してもらうためのセミナーやフォーラムの開催のほか、全国にある14の支部ではそれぞれ勉強会の開催や、オオカミ再導入に向けての要望書を行政に提出するなどの活動を行っています」と話すのは、団体スタッフの林貴士(はやし・たかし)さん(52)。

お話をお伺いした日本オオカミ協会の林貴士さん

林さんは長野でりんご農業を営み、獣害を実感しているといいます。特にシカによる被害は大きな問題になっているとのこと。

「なぜシカがと思われるかもしれませんが、シカというのは目が届く範囲の草木をすべて食べてしまう生き物。一夫多妻制のためどんどん数が増えますが、今、森にはシカを捕食する生き物がおらず、その数はさらに増えています。過剰に繁殖したシカは草を食べ尽くし、木々の芽や皮を食べます。そうすると木々が枯れ、草木によって守られていた大地が裸地化しています。このままでは、日本の森林は荒廃の一途をたどるでしょう」

オオカミの導入が
森林の荒廃と被害を食い止める

増えすぎたシカによって森林が次々と枯れ、森林の消失が進み、生態系破壊が進行しているという

「シカの過剰採食によって生物多様性が低下し、日本の森は生態系が完全に狂ってしまっている」と指摘する林さん。シカが増えすぎた背景には、後継者不足などによる狩猟者の激減と、生態系の頂点捕食者であったオオカミの絶滅があるといいます。

オオカミの不在による自然への影響が出ているのは日本だけではありません。アメリカにある「イエローストーン国立公園」では、オオカミの不在によって「エルク」と呼ばれる大型のシカが大繁殖。ポプラなどの若芽を食べ尽くし、生態系が大きく乱れました。

「事態を深刻に受け止めた行政は、1995年に8頭のオオカミを公園に放ちました。すると生態系が以前のかたちに復元され、野には緑が、川には豊かな水が戻り、姿を消していたビーバーやネズミなどの小型の哺乳類が戻ってきたのです」

オオカミ再導入により、豊かな生態系が戻ったイエローストーン国立公園

「絶滅したオオカミに代わって頂点捕食者となっていたコヨーテがオオカミに駆逐されたため、その餌となっていたネズミなどは激減を免れました。また、ポプラの葉や皮を食べて生活するビーバーも失われていた棲み家を取り戻しました」

「シカは自分たちでその数を制御できません。どんどん増え、被害が激増します。自然のサイクルの中でシカの数をコントロールしていたのはオオカミだったのです。2020年現在、イエローストーン国立公園内にはおよそ100頭のオオカミがいてその生態系を守り続けています」

悪者扱いされ、挙句の果てに絶滅した
日本のオオカミの悲しい歴史

オオカミの体胴長は100〜160cm、肩までの体高60〜90cm、体重は25〜50kg。ヨーロッパでは、野生のオオカミは人間に駆逐され姿を消した。しかし絶滅が危惧され、保護対象として殺すことを違法とした国が出てきたことによって数が少しずつ増えつつある

明治時代までは存在していたことがわかっている日本の野生のオオカミ。林さんによると、日本のオオカミは人の手によって絶滅に追いやられたといいます。

「日本に限らず、オオカミは世界各地で長きにわたって迫害された歴史があります。西洋ではオオカミは悪魔のような扱いを受けてきました。背景にはキリスト教があります。キリスト教の世界では、オオカミは悪や闇の象徴とされてきたのです」

「日本では明治時代、政府は西洋文明を取り入れ、『西洋に追いつき、追い越せ』と必死でした。『オオカミがいたら西洋の人たちにバカにされてしまうのではないか』。政府がそんなことを思っていた時、北海道で大雪が降り、お腹をすかせたオオカミが食べるものがなく軍馬を襲うという事件が発生し、政府は報奨金を出してオオカミの捕殺を激励しました。20年ほどをかけ、人の手によってじわじわと絶滅したのです」

しかし当時はまだ狩猟者がたくさんいたため、シカやイノシシ被害は大きく出ませんでした。しかし現在、狩猟者の高齢化が進み後継者もおらず、シカやイノシシの個体数の調整は完全に行き詰まった状態にあるといいます。それに伴って全国的な被害が深刻化しており、農林業被害だけでも年間200億円を超え、そのうちのシカとイノシシによる被害は半数以上を占めるといいます。

林さんのりんご園でも、シカによる農作物被害は深刻。「りんごの苗木が鹿の食害に遭います。特に雪の多い年にはりんごの新芽が多数食害に遭います」(林さん)

「食べて減らそうということで、狩猟した肉を食べる『ジビエ』が昨今ブームですが、牛や豚、鶏は生産がオートメーション化されているために安定したコストで消費者に提供することはできても、どこにいるかわからないシカを罠にかけて捕まえ、それを食用に流通させるというのはあまりにコストがかかり課題も多く、普及は極めて困難だと思います」

事態を招いたのは、私たち人間の責任。
なぜ今、オオカミの再導入が必要なのか

シカの被害によって流れ込んだ土砂。「高知県の名峰三嶺のフスベヨリ谷は山腹の大崩壊で埋まってしまい、かつての幽谷の美は今や見る影もありません。崩壊した山腹の名前はシカザレと命名されました。シカによる食害で荒れた山腹が大崩壊を起したからです」(林さん)

シカによる植生の破壊により土壌を支えている木々が枯れ、山崩れや土石流などの土砂災害が発生しやすくなるなど、私たち人間の生活に直接関わるような被害も年々激しさを増していると林さんは警鐘を鳴らします。

「オオカミが日本の森の生態系に復活すればシカの過剰な繁殖を防ぐことができ、それによって起こる様々な被害を未然に食い止めることができる。抱えている課題の多くがオオカミの再導入によって解決できます。1日も早い再導入が必要」と主張します。

「シカを悪者にしたいわけではありません。そしてシカだけが悪者なわけではありません。この状況を作り出したのは、私たち人間です。シカは生きるために塩分が必要で、冬場に道路が凍らないように撒く塩化カルシウムをペロペロと舐めているのですが、行政の中には『そこに毒を入れてシカを殺そう』という意見もあるぐらいです」

「でも、いくらシカが被害を出しているからといって、それはどうでしょうか。そもそもオオカミを絶滅させて生態系をめちゃくちゃにしたのは我々人間です。毒を食べさせて不特定多数を殺そうなんて、自然の摂理にますます反した道を突き進むことになります」

オオカミ導入の壁となっている
「赤ずきんちゃんシンドローム」

オオカミに慣れ親しんでもらいたいと、様々なアーティストがオオカミ題材に描いたり造作したりした作品を一同に集めた「おおかみアート展」の様子

オオカミ再導入の大きな壁になっているのは、「襲われるのではないか」「食べられてしまう」という、私たち人間のオオカミに対する悪いイメージだといいます。

「僕たちはこれを『赤ずきんちゃんシンドローム』と呼んでいますが、『オオカミはこわい生き物だ」という刷り込みから抜け出すことができず、頑なに否定されることもあります。崩壊の危機にある日本の生態系を救うためにはオオカミの再導入が必要ですが、『こわい生き物だ」『人を襲う』といった誤ったイメージが、残念ながらそれを阻んでいるのです」

「役所の担当の方にも『人を襲うのではないか』と取り合ってもらえません。『ヨーロッパやアメリカでも再導入が増えているんですよ」と説明するのですが、『アメリカは土地が広いから話が違う』といわれるので、今度は『ドイツは日本より狭いですが、再導入がうまくいっていますよ』と伝えても、やはり『危険だから』と取り合ってもらえません」

しかし、朗報もあるといいます。

「僕たちは3年に1度、オオカミ再導入に向けての市民の意識調査を行っていて、不特定多数の方にアンケートを実施しています。10年ほど前まではオオカミの再導入に反対の声の方が多かったのですが、前回の2016年の調査では『再導入に賛成』が46%、『再導入に反対』が11%、残りの4割が『わからない』という回答でした」

「オオカミは人を襲わない」

仲良しのオオカミきょうだい

「オオカミが人を襲うこということはまずない」と林さん。「オオカミは臆病な生き物で、人前に姿を現すということをしません。アメリカのオオカミが住む森の近くに住んでいた会員によると、遠吠えは聞いても姿を見たことは一度もないということでした。ただ、たとえば人間が餌付けしようとしたとか、そういったことで噛まれたというケースはあります」

では、オオカミを導入した際、今度はオオカミの数が増えすぎて生態系に悪影響を及ぼすことはないのでしょうか。

「数はある程度までは増えるでしょう。オオカミは一夫一妻で毎年出産します。家族や仲間が4、5頭~10頭で群れを成して行動しますが、オオカミは縄張り争いをする生き物。グループ同士で闘争が起きた時、まさに一家残虐でどちらかが完全に勝利するまで生死をかけて争います。縄張り争いがある限り、自然の摂理からいって数が増えすぎるということはありません」

「導入によって在来の生態系を壊すのではないか」という心配の声については、次のように話します。

「日本に生息していたオオカミは日本の固有種ではなく、北半球の広い地域に分布する『ハイイロオオカミ』というオオカミ。同じDNAを持ったオオカミを連れてくるので、外来種として生態系を乱すような心配はないと考えています」

「生態系の頂点捕食者の不在によって、シカが激増している。そのことによって、自然のサイクルが破壊されています。オオカミが戻れば、もとにあった自然のサイクルに戻すことができます。自然って本当にすごくうまくできていて、絶妙なバランスを保ってきたのに、人間がそのバランスを崩している。ただ戻そうよ、ということです」

感染症の拡大防止にも
オオカミが一役買っていた

今年に入って世界中で新型コロナウイルスが流行したため大きく報道されることはありませんでしたが、実は昨年、家畜業界で豚コレラが大流行し、それが野生のイノシシにも感染して、現場では大きな騒ぎになっていたといいます。

「実は豚コレラは日本では絶滅していて、今回のウイルスは中国から入ってきたものだといわれています。感染は全国の養豚場に拡がりました。一つの養豚場で一頭でも豚コレラに感染していると、同じ施設の豚は皆殺されてしまいます。殺処分された豚は14万頭以上にも上ります」

スロバキアでは、オオカミの生息地域では豚コレラの流行は記録されていない。「オオカミは病気の動物を好んで捕獲するためオオカミの生息地域では感染症が広がりません。豚コレラ対策としてもオオカミ復活は急ぐべきなのです」(林さん)

「スロバキアでの調査になりますが、オオカミの生息地域では豚コレラの流行は記録されていません。オオカミは強そうに見えますが、実際はそこまで強いわけでも足が速いわけでもないので、病気やケガによって弱った個体を好んで捕獲します。その結果、動物間での感染症の拡がりを未然に防ぎ、動物たちの命を守る『自然のお医者さん』の役割を果たしていたのです」

「もしオオカミがいたら、罪のない14万頭もの豚が殺処分される必要はなかったでしょう。各国ではより強力なウイルスの感染・流行も懸念されていますが、オオカミの生息地域では感染症は拡がりません。畜産の感染症対策としても、オオカミ復活を急ぐべきなのです」

オオカミ再導入の啓発活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「日本オオカミ協会」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×日本オオカミ協会」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、「こわい」「襲われる」といったオオカミへの誤解や偏見を解き、日本の森の生態系の復活に向けてオオカミを再導入するため、新聞や雑誌、電車などに広告を載せ、オオカミの正しい情報を広めるための広告費として使われます。

「JAMMIN×日本オオカミ協会」7/20~7/26の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はベーシックTシャツ(カラー:キナリ、価格は700円のチャリティー・税込で3500円))。他にパーカー、トートバッグやキッズTシャツなども販売中

JAMMINがデザインしたコラボアイテムには、星を見上げる愛らしいオオカミの親子の姿が描かれています。オオカミは決して凶暴で悪い動物ではなく、他の野生動物や私たちと同じように森や自然を愛し、健気に生き、また森を豊かにしてくれる存在であることを、やさしいタッチで表現しました。

チャリティーアイテムの販売期間は、7月20日~7月26日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

日本から姿を消したオオカミを復活し、豊かな森と生態系の回復、人と森との共存目指す~一般社団法人日本オオカミ協会

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は4,500万円を突破しました!

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