貧困の解決を目的に、グラミン銀行やマイクロクレジットなど新しい金融のかたちを実践し、2006年にノーベル平和賞を受賞したバングラデュの経済学者ムハマド・ユヌス氏。社会起業家の象徴として知られるユヌス氏だが、「今、最大の焦点はエネルギー」と語る。異常気象が相次ぐ中、エネルギー問題をどう見ているのか聞いた。対談の相手は新電力会社みんな電力の大石英司社長が務めた。(寄稿・平井 有太=ENECT編集長)

オンラインでの対談を行ったユヌス氏(右)とみんな電力の大石社長

オンラインでの対談を実施したのは7月末。奇しくもバングラデュが大雨で、国土の三分の一が浸水していた最中だった。話はおのずと、その原因とも言える気候変動と、それに対する有効な対策からはじまった。

ユヌス氏は「今、最大の焦点はエネルギー」と明言し、続けて現状を以下のように語った。「化石燃料は罪深いものです。そしてそのことを認識すれば、他にあるポジティブな選択肢の存在を知ることになります。そこまでくれば、人々はもっとこの問題に興味を持つようになるでしょう」。

日本では昨今、天気予報で「観測史上初」や「100年に一度」といった形容詞をよく聞くようになった。事実、昨年千葉や長野、福島で大きな水害をもたらした台風15、19号は記憶に新しいし、今年の夏も、九州をはじめ鳥取、広島、山形などがやまない豪雨に、大きな被害を受けた。

東京の梅雨は一カ月以上続き、明ければ熱波に見舞われ、浜松では2日続けて40℃以上を観測。何より海水温の上昇で秋刀魚が近海に来ないことで価格が高騰し、秋の食卓を秋刀魚抜きで過ごさねばならぬことで、初めてリアルに気候変動を肌身に感じている方もいるだろう。

国外でもバングラデシュの水害は一例に過ぎず、米・カリフォルニア州の森林火災は消えることなく、同州デスバレーでは54.4℃という、世界の観測史上3番目の気温が叩き出された。

こういった現象の根幹には、私たち人類があらゆる行動から排出し続けてきたCO2があり、その抑制が地球という惑星の存続にとって喫緊の課題となっている。

地球の崩壊まで時間がないと警鐘を鳴らしながら、ユヌス氏は続ける。「今、世界では人々が路上に出て、気候”危機”について声をあげています。若者たちは『Fridays For Future』という名のもとに組織化し、ムーヴメントは世界中に飛び火しています。彼らは気候変動の深刻さを知っているのです」。

Fridays For Futureはスウェーデンの若き環境活動家グレタ・トゥーンベリさんを中心に世界の若者に波及した、気候変動を止めるためのムーヴメント。ユヌス氏は若者たちの行動に希望を見い出していた。

「さらにコロナウイルスによって、環境問題は最前線に躍り出ました。もう私たちは、自ら率先して地球を破壊する以前の世界へ後戻りはできません。誰にとっても気候変動の問題は避けて通れなくなったからこそ、化石燃料に終止符を打ち、再生可能エネルギー(以下、再エネ)へのシフトについて、かつてないほど大きな声で語らうべきです」

「わかっている確かなことは、ウイルスの出現によって生活や仕事を、これまでのやり方から新しいものにシフトする必要性が生まれたということです。これまでの産業はストップしました。それらを再スタートさせる時こそ、すべてを再エネによって動かさなければなりません」

「最大の焦点はエネルギー」と言われて、自分には関係のない、できることのない大きな課題と捉えてしまう方は多い。しかし、実は私たちの家庭から出るCO2のうち、48.6%が電気由来である。つまり、何よりもまず、私たちが暮らす自宅のエネルギーをシフトさせることが大きな意味を持つことを、私たちは知る必要がある。

ユヌス氏に言われるまでもなく、誰にでもすぐできる「エネルギーシフト」の効果は、間違いなく大きいのだ。

ユヌス氏は10年以上前から、バングラデシュの貧困層の住居に太陽光エネルギーを届ける、「グラミンエネルギー」という取り組みもすすめてきた。それは市民が、現地で広く普及しているケロシン(灯油)ランプに使っているお金と同額、つまり実質無料で再エネを普及できる仕組みだ。

その結果、バングラデシュには多くのソーラーパネルが設置されている。「私たちはまだ、化石燃料からの完全なる脱却は実現できていません。ケロシンオイルからの切り替えは進んでいますが、次のステップであるエネルギーの切り替えは道半ばです。その転換を実現すべく、ソーラーだけでなく水力、風力など、利用できる自然資源のすべてを活用し、国全体の電気を再エネで賄えるようにしていきたいと考えています。 エネルギーはいつの時代も、世界のあらゆる国の主たる問題なのです」

すべてを見透かされ、私たちの意識と行動に、直接問いかけられているような対談だった。