東京の離島・神津島(こうづしま)では漁業協同組合が漁業の魅力や魚の美味しさを発信している。ホームページ「島結び」(http://jf-kouzushima.jp/)では、島で捕れる魚の図鑑や漁師の暮らしや仕事を紹介している。また、飲食店への魚の直販やツイッターでの消費者との交流など、新たな挑戦を始めた。公募によって選ばれ、神津島に派遣された特派員の体験レポートをシリーズでお届けする。(編集担当:オルタナS特派員 殿塚建吾 猪鹿倉陽子)

「島結び」の紹介記事はこちら:http://alternas.jp/uncategorized/2011/12/12403.html

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■今も残る海の神様への祀り
漁師は船の上でものを食べる時、まず二口分海の中へお供えしてからその食べ物を初めて口にするそうです。日本神話でも「古代、神は海から来訪する」と語り継がれてきたように、神津島の漁業と島に祀られる神様とは昔から深いつながりを持っています。



神津島の代表的な鎮守の神様である物忌奈命(モノイミナノミコト)が祀られる物忌奈命神社では、毎年7月31日から8月2日にかけて例大祭が行われ、神輿を担いだ若者はそのまま海へ入っていきます。その姿は海と神、そして人とが共に生きているというシンボルのように思えます。

また、2日に行われる「かつお釣り神事」は、かつお漁の出漁、釣り上げ、大漁旗をかかげて帰港し、入札から運搬までの一連の流れを所作で表現する儀式として国の重要無形民俗文化財に指定されています。また、無人島である恩馳島での祭り、たかべ漁の建切網の祭り、漁船祭りなど、神津島の漁業に関連する祭事はたくさんあります。



更に、物忌奈命の母である阿波命(アワノミコト)が祀られる阿波命神社は、長浜という美しい五色の石が敷かれる浜の高台にあります。鳥居の足下には五色の石が盛られていますが、これは潮花と呼ばれ、大漁の祈願や船出の安全を祈る慣しとして作られたものです。

ここは特に、大漁祈願の神社となっています。また、続日本後紀において長浜は、青、赤、黄、黒、白の小石があったと細かく描写されており、別名「五色浜」とも呼ばれています。そんな色彩豊かな美しい浜の上に祀られた阿波命神社は、女性の神様だけに境内に入ると静かで落ち着いた雰囲気を感じます。



■祭から感じられる自然への感謝の気持ち
こうして神津島に語り継がれる神様や祭事を紐解いていくと、漁業には海や山や空などの「自然に感謝する」という気持ちや、それを儀式として語り継いでいくという習慣がきちんと根付いている事が分かります。

自然は人間がコントロールできるものではない未知な存在であり、神社に祀られる神様はそのような「わからない」大自然に対する畏怖の心を伝えていくために語られてきたといえます。今回訪れた物忌命神社と阿波命神社もそれぞれ山の麓にあり、そこを訪れるとまるで自分が自然の中に溶け込んでいけるような場所に建てられています。

■自然への感謝から生まれる漁ができることの喜び
このような自然を信仰の対象とする考え方の根底には、良い意味での「諦め」や、自然の現象を受け入れていこうとする物腰の柔らかさがあると思います。

そして、このように「わからないもの」と前向きに付き合っていく姿勢こそ、まさに漁業に欠かせないものだと思います。どんなに漁師の体が健康でも、良い船や進んだシステムが整っていても、海の状況が危険なら漁はできないし、魚がいつも海にいるとは限りません。そのために、島の人々は、船が海から無事に帰って来る時の安堵感や豊漁の喜びを、きちんと海に感謝する儀式として継承してきたのでしょう。
 
■インタビューを終えて 魚を口にできるまでの過程に想いを馳せること
魚を当たり前のようにお店で買ったり食べたりする私たちとしては、このようなことを考える機会はなかなかないと思います。今回のように実際に水揚げの現場を見たり、そこで暮らす漁師の方の話を聞いたりしたことは、自分がどれだけ海にお世話になっているかということに気付く良い体験となりました。

都会で末端のものしか見ていない私にとってその始まりをきちんと見て知るということは、普段の生活に良い刺激を与えてくれます。そして、神津島の漁港で漁師の方の獲った魚一匹一匹を思い出すと魚を買ってきちんと調理して美味しく食べたい、誰かに食べてもらいたい、また美味しいお店に食べにいきたい、という気持ちになります。それは、普段ないがしろにしがちな食事などの基本的な事に時間をかけて、その時間を十分に楽しむことにつながります。

そのような時間を作ること、そしてふと自分が口にしているものが海や山が与えてくれた産物だということを考えてみること。なんだかとても基本的ですが、ここで私にできる「自然に感謝する」ということなのかと思います。(寄稿 「島結び」神津島特派員 染谷李枝)

[プロフィール]
染谷李枝(そめやりえ)
美術大学卒業後4年間東京で事務の仕事をし、半年間ロンドンへ。現在は貿易事務の仕事をしている。蒔絵などの日本の伝統工芸を美術館で見ることや、美味しい魚とお酒を飲むこととがとても好き。