東京の離島・神津島(こうづしま)では漁業協同組合が漁業の魅力や魚の美味しさを発信している。ホームページ「島結び」(http://jf-kouzushima.jp/)では、島で捕れる魚の図鑑や漁師の暮らしや仕事を紹介している。また、飲食店への魚の直販やツイッターでの消費者との交流など、新たな挑戦を始めた。公募によって選ばれ、神津島に派遣された特派員の体験レポートをシリーズでお届けする。(編集担当:オルタナS特派員 殿塚建吾 猪鹿倉陽子)
「島結び」の紹介記事はこちら:http://alternas.jp/uncategorized/2011/12/12403.html
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東京のオフィスビルの中でパソコンを相手に、平日9時半出社、5時半退社をくり返す日常を送ってきた私にとって、海という大自然を相手に仕事をする漁師の方の生活スタイルはとても興味深いものでした。漁師という仕事は、自然という人間がコントロールできない世界の中にあります。それを自分の仕事にしている人々の生活に、最近自分が考えている生活の「豊かさ」について何かヒントがあるのではないかと思いました。それは一体どんなものなのでしょうか。
■漁師のスケジュールは自然のリズム
今回、お話を聞かせていただいたのは、先祖代々、漁師を営んできた清水隆弘さんです。まずは簡単に、とある日の清水さんのスケジュールを紹介します。
◆11月のキンメ漁の一日
4:30 起床
5:30 出港
5:50 金目鯛を釣る道具を海へ投入(ご飯は船の上でパン)
12:00 帰港
自宅で休息
15:00 市場へ鮮魚を持って行く
16:30 帰宅
17:00 海沿いをウォーキング(エクササイズ)
18:30 夕食、家族とくつろぐ時間
20:30 就寝
「夜9時前には自然と、うとうとしています・・・」
朝は太陽とともに仕事をスタートして、最後は自然に就寝するというとてもシンプルな生活。市場に魚を持っていくまでの時間だけ見ると、普通のサラリーマンの就業時間とほぼ同じですが、健康管理や家族と過ごす時間は生活の中に当たり前のように組み込まれています。私は「漁師の方は、運動は特に必要ないのかな」と思っていましたが、実際は意外と足を使うことが少ないようで、最近の清水さんはウォーキングが日課となっているそうです。
■漁のコツは丁寧な準備と養われた感性
漁に出ない日は、主に釣り道具のメンテナンスなどを行います。海にいる時だけが漁師の仕事ではなく、このような様々な準備が必要です。ちなみに、清水さんが使っている伊勢海老を捕獲する道具(通称“カギ”)は、手作り。道具を作ったり修理したりと念入りな下準備は、海に出てからの作業にもとても影響します。今回は、実際に使っている道具を見せていただき漁の方法などのお話しも伺えました。清水さんはどんな質問をしても丁寧に説明を返してくれ、その姿勢に一つの仕事に通じている人の魅力を感じました。
最後に、魚をたくさん捕るコツを尋ねたところ、
「説明はできないけど、感覚ですかね・・・」とのこと。動きの読みにくい海での仕事で、やはり最後に大切なのは本能的なセンスなのでしょうか。子どもの頃から休日になると父親と漁に出かけ、自然とその技を身につけてきたからこそ言える言葉なのかと思います。
■食料は買うものではなく、自然の中にあるもの
ところで、神津島は水に非常に恵まれていて、多幸湾の湧水は東京の名湧水57選にも選ばれています。水が美味しければ、もちろん焼酎(盛若)も美味しく、お豆腐も絶品だそうです。そんな水の話の際に、私はつい「お水は売っているのですか」と聞いてしまいました。そんなわけはありません。神津島の人々は水をわざわざ買うことはないようです。
ちなみに、清水さんのご自宅で食べられている野菜は、奥様が畑で栽培しているものです。「食料は買う」と思い込んできた私が、そもそも食べる物がそこにあれば、それをそのまま食べればいいのだと当たり前の事に気づいた瞬間でした。
■インタビューを終えて 「自然な感覚が突き抜けた」
こうして話を聞いていく中で、何か「自然な感覚」がスッと自分の身体を突き抜けました。この島で受け継がれてきた漁師の技術とセンスをきちんと自分のものにし、奥さんやお子さんとともに日々を送る清水さん。「大自然を背景にした漁師の仕事に豊かさを求める」という私の切り口はとても大げさで、その根底には、きちんと自分の持った技術を生かして仕事をし収入を得る、という一人の漁師の姿がありました。
今回、神津島を訪れて一番自然だなと感じたのは、海や山、美味しい空気よりも何よりそこに海があるから働くという漁師の姿だった気がします。
結局、都会で暮らしていても島で暮らしていても「豊かさ」を求めることは、自分がそこで何をするかであって、どこにいても変わらないと思います。でも、確実に言えることは、「島」は、海という大きな流れや、ゆったりとした時間をとても肌で感じやすい場所だということです。それは、私が都会のビルの中では感じることが難しかったものでした。たまにはそんな場所に身を置き大きな自然の一部分となって、波にゆらゆらと身をゆだねてみると、ふと大切なことに気づいたり、何かとても良い方向にことが進んだりするのではないでしょうか。
(寄稿 「島結び」神津島特派員 染谷李枝)
[プロフィール]
染谷李枝(そめやりえ)
美術大学卒業後4年間東京で事務の仕事をし、半年間ロンドンへ。現在は貿易事務の仕事をしている。蒔絵などの日本の伝統工芸を美術館で見ることや、美味しい魚とお酒を飲むこととがとても好き。
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