自身もろう者である映像作家・今村彩子さんは、ろう者に取材したドキュメンタリーを制作してきた。しかし、ろう者と聴者は心から通じ合えないという虚無感も同時に覚えてきた。そんな彼女を変えるろう者との出会いがあった。

今村彩子監督(左)と太田辰郎さん


静岡県湖西市で暮らす太田辰郎さんだ。彼は30年以上のキャリアをもつサーファーで、自らサーフボードを作る職人。4年前、長年の夢だった自分の店「サーフショップ&ハワイアン雑貨店 Surf House Ota」も開いた。

小太りサーファーという大らかなキャラで、屈託のない笑顔が魅力的な太田さんだが、「いらっしゃい」の声も聞こえない店には人が寄りつかなかった。そこで、お客さんにハワイの美味しい珈琲をサービス、レジ前には紙とエンピツを置いて筆談した。

今では店の前で開くバーベキューパーティや餅つき大会に地域の人が100人も集まる。手話を使えなくても、笑顔とジェスチャーで気持ちは通じる。一番大切なのは伝え方ではなく、相手に伝えたいという気持ち。それを実感しつつ、今村監督は太田さんの元へ2年間通い、映画「珈琲とエンピツ」を完成させた。

「この映画にはサーフィンの場面がある。上映を延期すべきか悩んだ。でも、被災地のろう者に『防災で一番大切なのは?』と聞いたら『地域の絆』という言葉が返ってきた。すぐ太田さんのことを思った。人間関係が希薄な現在だからこそこの映画は意味がある」(今村監督)

「珈琲とエンピツ」は、新宿K’s cinema(ケイズシネマ)で3月30日まで上映。(今一生)


●映画『珈琲とエンピツ』 公式サイト
http://coffee-to-enpitsu.com/