うつ病や統合失調症といった精神障がいを持つ人は国内で300万人を超える。働く意欲があっても、雇用する側もされる側も、環境が整っていないのが現状だ。
この4月には、障がい者雇用の法定雇用率2.0%(働く人の50人に1人の割合)への引き上げと精神障がい者の雇用義務化が閣議決定されたことからも、精神障がい者の雇用には注目が集まっている。
人材派遣サービスを行うリクルートスタッフィングでは、精神障がい者の就労支援に特化した人材紹介サービス「アビリティスタッフィング」を展開している。
これまで身体・知的障がい者と比べ、障がい特性が周囲に理解されづらい精神障がい者の就労は困難とされてきた。アビリティスタッフィンググループの川上祐佳里マネージャーは、「精神障がいを持つ方が当たり前に働ける社会を目指したい」と意気込む。(聞き手・オルタナS副編集長=池田真隆)
――御社では精神障がい者に特化した就労支援を事業として行うのは、初のことです。「アビリティスタッフィング」ではどのようにして、就労支援を展開しているのですか。
川上:精神障がい者の「できること」に着目した人材紹介サービスを事務職に特化した形で提供しています。具体的には、障がい特性をオープンにして障がい者雇用枠で、勤務時間や組織体制、職種などの面において企業の理解を得ながら働ける環境を提供する、ということです。
精神障がい者は適切な配慮があれば、働くことができます。職場にうまく馴染めるように、予めアビリティスタッフィングの担当者と面談し、「こういう仕事は得意だ」「こういう時には調子を崩しやすい」という傾向を本人と確認しながら、理想の職場、働き始める時期を決めていきます。
安定して就業できるよう、入社後のフォローも行っています。精神保健福祉士などの専門家が就業先まで伺い、本人はもちろん、企業の人事や現場担当者にも就労状況をお伺いし、適宜、勤務時間や職場環境などを最適化できるよう努めています。
――サービス開始から、1年が過ぎ、132人の就労を成功させています。同サービスを通して、目指していることは何でしょうか。
川上:私たちの掲げるミッションは、全ての人が生き生きと働ける世の中をつくることです。例えばですが、正社員でバリバリ働くだけが良いわけではないので、多様な働き方、その人にあった働き方ができるような形にしていきたいと思っています。ですので、このサービスでは精神障がいを持つ方が当たり前に働ける社会の形成を目指しています。
こうした社会を実現するために今は風穴を開けている段階です。精神障がい者を雇用するとなると、構えてしまう企業が多かったのですが、実はどう接していいかが分からないから不安なだけで、ご本人の障がい特性をきちんとお伝えすることで、少しずつ意識の変化が見られるようになりました。
――事業を立ち上げたきっかけを教えてください。
川上:2010年の夏に社員研修の一環で、知的障がい者を雇用している特例子会社で紙すきを一緒に体験しました。その際に障がい者の方々が生き生きと働いている姿を見た事がきっかけです。福祉で保護するだけじゃなく、働く事を通じて障がい者の方もこれだけ輝くんだ…というのがすごく衝撃的でした。
またその当時は営業企画部門に所属していましたので、企業の人事担当者と話すことが多く、障がい者雇用枠に困っている担当者に複数出会っていました。
企業は人を欲しがっており、障がい者は働きたがっている。中でも、身体・知的障がい者に比べて、精神障がい者は働きづらい状況にあるということを知り、私たちが介在することでこのミスマッチをどうにか解消できないかと思い、弊社グループで開催された新規事業コンテストに応募した所、準グランプリを獲得したことで事業化に至りました。
――事業プランを考えるうえで困難だったことはありますか。
川上:プランを考えているメンバーが、心から自分たちの介在価値を信じきるまででしょうか。
当初は、彼らは本当に働きたいと思っているのか、また安定して働くことができるのか、不安なところがありました。
そこで、企業や福祉施設にいる精神障がい者など、100人以上にヒアリングし、働いている現場などにも見学に行き、彼らと向き合いました。勤務中は、きちんとルールを守り、ミーティングも活発に行われており、精神障がいを持っていても、働く意志を持ちながら、働くことができるとメンバー一同確信しました。
――川上さんがそもそも精神障がい者に興味を持った原点はどこにあるのでしょうか。
川上: 幼い頃から母親に、女性が社会で働くには、何か資格を取りなさいと言われていました。そこで、大学時代は臨床心理学を専攻し、大学院で臨床心理士の資格を取りました。
これがきっかけかもしれません。中学・高校時代まで、正直、勉強はあまり好きではなかったのですが、大学で心理学を習って、初めて勉強が楽しいと思えたのです。
中高時代にまったく勉強しなかった後悔が、大学で勉強する原動力になったのかもしれません。いずれにせよ、大学時代に心理学にのめりこんでいなければ、精神障がいに興味を持てていなかったかもしれませんね。
――社会的事業を行ううえで川上さんが気をつけていることはありますか。
川上:精神障がい者の就労問題は社会課題の一つです。こうした課題に対処することは、ともすれば、私たち目線での社会的意義になってしまうことがあります。
一番重要なのは、サービス当事者のニーズや思いがどこにあるのかだと思います。なので、私たちで言うと、障がいをお持ちの方と企業、双方が、「本当にそれを求めているのか」を、こちらの一方的な押し付けではなく、徹底して考え抜くようにしています。
今後に関してもそこを徹底し、全ての人がその人らしさを活かしながら働ける世の中を実現させていきたいですね。
・川上祐佳里
株式会社リクルートスタッフィング 営業統括本部紹介事業推進部アビリティスタッフィンググループ マネージャー。2003年入社派遣営業を担当、2007年に新卒採用部門、2009年に営業企画推進部門を経て2011年4月より現事業を担当。アビリティスタッフィングHP
http://ability.r-staffing.co.jp/