日々病気が進行し、身体中の筋肉が言う事を聞かなくなる。発症原因も治療法も不明の難病と戦う男の生き様に迫ったドキュメンタリーが一人の女性フリーディレクターによって作られている。映画の監督を務める内田英恵さんは、「全身麻痺で目しか動かせなくなっても、生き抜こうとする命の尊さに触れてほしい」と話す。(オルタナS副編集長=池田真隆)

命に向かい合うドキュメンタリーに挑む内田さん

ドキュメンタリーの主人公は、塚田宏さん(享年79)。塚田さんは、身体中の筋肉に脳からの指令がいかなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)を29年前に患った。

ALSが進行すると、手足の麻痺による運動障がいやコミュニケーション障がい、呼吸障がいも起きる。平均寿命は3から5年で、世界で12万人、日本で9000人の患者がいる。発症原因は不明とされ、有効な治療法も確立していない。

撮影は2010年から行われ、当事は塚田さんは目しか動かす事ができなかった。看病する奥さんとコミュニケーションを取るのは、文字が書かれた透明なボードを使い、目で言いたい言葉を見つめる。

ドキュメンタリーを制作することになったのは、内田さんが人づてにALS患者の情報を聞いたからだ。内田さんが塚田さんと初めて出会ったのは2007年。当時、映像制作会社に勤めていた内田さんのもとに、「一度会ってみてほしい」と連絡が来る。

初めて見たときに、透明なボードを使って必死にコミュニケーションを取る塚田さんの姿に刺激を受ける。塚田さん本人から記録を映像にしてほしいと依頼され、2008年に25分間の短編映像を作った。内田さんは、「難病にかかっても懸命に生きようとする塚田さんをみると、改めて生き方を考えさせられた」と話す。

その短編作品はスイスとアメリカの映画祭で上映し、受賞した。「病と闘う人たちに勇気を与える」と評価された。

今回制作するのは、90分間の長編作品だ。長編を作るきっかけは、塚田さんの奥さんの一言にある。2010年スイスの映画祭の授賞式に参加したとき、撮影のためついて行った内田さんは、奥さんから「どんどん目の動きが悪くなっている。もし、目も完全に動かなくなったらどうしたいのだろうか」と悩みを相談された。

文字通り全身麻痺になったとき、塚田さんは何を望むのだろうか。生きたいと答えるのか、それとも。この答えを聞き、世の中に治療法もなく、保険も効かない難病のこと、それに苦しみながらも生き抜いている人がいることを知ってほしいために、長編作品の制作が始まった。

塚田さんは今年5月に亡くなってしまったが、映像では、塚田さんが出した答えと、葬儀現場までの彼の生き様がありのままの形で描かれている。

今後の予定は、年明け3月に完成し、4月以降にアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭ほか、15程度の映画祭に挑戦する予定だ。映画祭への出品費用は、クラウドファンディング「シューティングスター」で集めた。今年11月の終わりから募集し、目標金額の60万円を達成した。