クリエイター支援施設「クリエイティブネットワークセンター大阪 メビック扇町」(大阪市北区)で毎週開催されている「クリエイティブサロン」が1月28日に行われた。関西を代表するインテリアデザイナーの野井成正氏(69)をゲストスピーカーに招き、野井氏の趣味の映画をテーマに参加者とトークを繰り広げた。「5歳から見ていた映画が、インテリアデザイナーとしての今の自分に大きな影響を与えた」と語る野井氏ならではの映画の見方や若者へのメッセージを聞いた。(オルタナS関西支局長=神崎英徳)

映画とデザインについて語る野井成正氏

「僕は映画の専門家じゃないんで、あくまで空間デザイナーとして映画を見ています。映画は僕の仕事にとって、ものすごくプラスになっています。画面は空間です。それが1つのストーリーの中で、いろいろと置き換えられていく。それがデザイナーにとっては、すごく勉強になります」

野井氏は大阪市内の工業高校のデザイン課を卒業した後、展示会などのブースやウィンドウディスプレイなどのデザインを手がけ、大阪万博のパビリオンの監督を務めたりした。

1982年に野井成正デザイン事務所(大阪市北区)を設立、関西を中心に飲食店舗や物販店舗など商業施設のインテリアデザインを手がけてきた。野井氏の作品は、常識にとらわれない照明と造作の組み合わせによって現れる光と影を生かした空間が特徴だ。

サロンでは、野井氏が写真を見せながらこれまでの事例を参加者に紹介した。1992年に設計を手がけた大阪市内のバーは、空間を広く見せるために、天井の板を外して中に隠れていた梁(はり)をあえて見せる工夫を施した。また、木材の杉が水を吸うとねじれたり、ひびが入ったり、割れたりと「あばれる」性質を利用して独特の光を表現した。

まず、細長い杉の角材を水で塗らして石こうを塗り、10本ほどを縦に並べて束ねる。その束を互いに少しずつ重ねながら壁に張り付けて裏から照明を当てると、水を吸って「あばれた」木と木の間の隙間から光が漏れだす。「ずらっと並んでいるボトルの後ろか光が差し、木の動きが止まるまでいつも違う表情が楽しめた。これもデザインの1つの表現なんです」。

2009年にデザインを担当した大阪市内にあるレストラン兼バーでは、天井まで届くような高さの4枚の木材を箱組みにして木の上の部分から箱の内部に光を当て、まるで木が発光しているかのように見せた。これは、松や杉などの針葉樹を数ミリメートルの薄さにすると光を透過する美しさを用いたデザインだ。

2006年に設計した東京都内のバーは、カウンターの上に木をアート作品のようにランダムに組み、左右から照明をあて影を壁に映すことで空間に奥行きを出し、光と影によって狭さが和らぐように工夫した。

光と影もデザインした大阪市内のバー(野井氏提供)

野井氏は趣味の映画などで感性を磨き、このようなデザインのヒントを得てきた。家の近くに映画館があったことから5歳から映画を見始め、現在も仕事の合間を縫って月に1、2回は映画館に足を運ぶ映画好きだ。黒澤明や小津安二郎など日本を代表する監督の作品だけでなく、海外の監督の作品にも幼い頃から触れてきた。野井氏は映画鑑賞の魅力は、時間を忘れてしまうほど没頭できることやクラシック音楽などの鑑賞と違い軽装で出かけられることだと語る。

「空間にどのような雰囲気を作り出すか」を考えて形にするインテリアデザイナーの仕事にとって映画から学ぶことは数多くあるという。なかでも野井氏の空間デザインに一番影響を与えたのは1949年にイギリスで製作されたモノクロ映画「第三の男」だ。

「この作品は光と影の描写がすごくうまい。光と影があることで立体感を感じるのですが、この映画ではその光と影で主人公の虚無感を表しているんです」。野井氏が初めてこの映画を見たのは10歳のときだった。映画の技法を知らなかった当時は、スクリーンの映像から「怖い」という感情を抱いただけだったが、何度も繰り返し見ることで知識と記憶が積み重なり、撮影時のカメラワークの意味や場面の表現法がわかるようになったという。

野井氏は気に入った映画は少なくとも3回は見る。映画はストーリー以外にも、演出や衣装、カメラワークなど多くの要素が凝縮されていて、何回も見ることでそれぞれの要素から違った見方ができるからだ。

スクリーンを空間としてとらえると、1つのストーリーの中で空間が次々と変化していく。6、7台のカメラで多方向から撮影した映像から良い部分をつなぎ合わせて構成された1つのシーンを、さまざまな視点や角度から繰り返し見ることで、映画に使われているテクニックや監督の意図が見えてくるという。

カメラの位置や高さを調整することによってスクリーンに映し出される空間の見え方を変えるカメラワークの技術なども野井氏に影響を与え、店舗を訪れる客の視点に立った空間設計に生かされている。

最後に野井氏は若者へのメッセージとしてこう語った。「タレントのおすぎ氏は『若者は食事を1食抜いて節約し、その代わりに映画を見なさい』と言っているが、僕もそうだと思います。若い頃から映画鑑賞に限らず、楽しみながらいろいろな経験をして感性を磨いてほしい。例えば近所のお寺や神社などからも、見えてくるものがあると思う。楽しみの中に記憶があり、それはきっと将来の自分のやりたいことにつながってくると思います」