「この夏祭りは、震災前に高齢化でなくなっていました。でも、震災があって、大学生が来て、復活しました。1・2年目は大学生が企画と運営をしていたのですが、3年目からは地元の大人たちも加わってくれるようになりました」――僕らの夏休みProject実行委員長の高橋玲衣奈さん(早稲田大学2年)はそう説明してくれた。同団体は、震災翌日の3月12日に立ち上がり、毎年夏に岩手県宮古市赤前小学校で夏祭りを開いている。大学生たちは、今年の夏も「第2のふるさと」へ里帰りする。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

大学生として東京で吸収したことを伝えたいと言う高橋さん

大学生として東京で吸収したことを伝えたいと言う高橋さん

東京・参宮橋にある国立オリンピック記念青少年総合センターの会議室には、全国から200人を超す大学生が集まっていた。会議室では、各島に大学生が分かれて、「小学生が興味を持ってくれるような授業にしよう」「みんなの気持ちが一つになるようなお祭りに」など、活発な意見が飛び交った。

会議をしていたのは、僕らの夏祭りプロジェクトに所属する大学生たち。大学生たちは今年の8月上旬、岩手県宮古市赤前小学校で夏祭りを開く。そのための準備に集まっていた。

同団体は、早稲田大学、駒澤大学、筑波大学など大学ごとに支部を形成し、その数は全部で14。1支部が東北1地域の小学校と3日間の交流を持つ。活動内容は、それぞれの支部が訪問する小学校の先生と話し合って決めている。

活動内容は支部によって異なるが、特徴的なのは、3日の交流を終えた次の日には、すべての支部が赤前小学校に集まり、夏祭りを開くこと。お祭りに集まってくるのは、大学生だけでなく、各地域の子どもたちも、親の車に乗りながら駆けつける。一日限定のお祭りでは、大学生による模擬店、地元漁師自慢の魚の網焼きなどが振舞われる。そして、最後には、参加者全員での盆踊り。

夏祭りでは、各地域・各世代から人が

夏祭りでは、各地域・各世代から人が

昨年、夏祭りには500人が集まった。この数は、赤前地区に暮らす人よりも100人ほど多い。この夏祭りは、震災以前に、高齢化によって、なくなっていたが、震災がきっかけとなり、盛大に復活した。震災初年度は大学生だけで企画していたが、2013年の夏祭りからは、地元の大人たちも動き出した。いまでは、同地区での大切な行事の一つになっている。

高齢化地域では大学がなく、「大学生」は貴重な存在だ。高橋さんは、「親や先生とは、違った視点で子どもたちと会話ができる。大人目線ではなく、大学生だからこそ、伝えられることを子どもたちに伝えたい」と話す。

高橋さんは米国にホームステイした経験から、「さまざまな人に出会うことで自分の人生が動き出す」ということを学んだ。その経験を生かして活動する。

東日本大震災が起きたとき、高橋さんは高校1年生。この団体に入ったのは、ガレキ撤去が済んだ震災から4年目で、大学生になってから。インターネットでボランティア団体を検索していて、偶然見つけたという。震災に関心があったわけではなく、中学生のときに、授業で教わったインドのストリートチルドレンの実態に衝撃を受け、子どもたちのために何かできないかと問題意識を持っていた。

赤前地区の住民と話すたびに、じょじょに震災についての勉強も自発的に行うようになった。赤前地区での津波被害、かつて赤前地区にあった伝統行事など。大学生たちとお酒を飲みながら話す住民たちの顔は明るく笑顔だが、災害で負った傷についても知ることになった。

同団体が活動を続けて、今年で5年目だ。震災翌日の3月12日に立ち上がり、大学生の強みである「時間」を使って、継続的な取り組みができないかと模索した。震災直前にはどこの地域も対応に追われ、取り合ってもらえなかったが、赤前地区だけ連絡が返ってきた。

今年は、各地区の子どもたちの手形で花火をつくる。赤前の夏祭りでは花火の打ち上げが禁止されており、子どもたちにとっては記念の花火に

今年は、各地区の子どもたちの手形で花火をつくる。赤前の夏祭りでは花火の打ち上げが禁止されており、子どもたちのとっておきの記念に

初年度は、同団体の活動は赤前地区だけだったが、年々活動地域が広がり、2015年度は山田町、釜石市など15地域に及ぶ。活動地域は広がっても、最終日に集まる場所は、変わらない。赤前地区との関係は深まり、今では、赤前小学校の卒業式にも来賓として大学生たちのために席が用意されている。

地方の卒業式は、一人ずつ名前を読み上げて、順番に卒業証書を渡すような行事ではない。名前を呼ばれた子どもは、親に感謝の思いを綴った手紙を読む。卒業生の数は10人もいないが、その光景には、「胸がジーンとする」と高橋さんは目を細める。

僕らの夏休みProject

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