社会的課題をビジネスで解決する「ソーシャルビジネス」が若者から共感を集めるなか、一方で、「スケールアウトしにくい」との声も聞かれる。マーケットありきではなく、貧困や不平等などの社会的な課題ありきで参入するため、従来のビジネスモデルでは苦戦を強いられることが多い。そんななか、ボーダレス・ジャパン(東京・新宿)は、異例の成長を続け、2014年度の売上高は15億円を記録した。ソーシャルビジネス業界をリードする同社の田口一成社長に、立ち上げの経緯から事業拡大の秘けつを聞いた。(聞き手・オルタナ副編集長=吉田 広子、オルタナS副編集長=池田 真隆)
◆この記事の前半はこちらです◆
――それが、ボーダレスハウスの始まりなのですね。今はどれくらい拡大しているのでしょうか。
田口:東京には68棟、大阪に2棟。そのほかに、韓国に24棟、台湾10棟があって、全部で100棟以上約800人が常時入居しています。2008年に始めたのですが、最初の頃は、不動産物件の申込書にシェアハウスと書いたら、いつもシニアハウスと勘違いされて、毛嫌いされていました。
だから、「シニアハウスではないです!シェアハウスですよ!」といつも言っていましたね。今でこそみんな知っているシェアハウスですが、当時はシェアハウスという言葉自体もまだ認知されていなかったんです。
ボーダレスハウスのサイトでは、入居者の国籍をオープンにしています。入居者の国籍比率も欧米系は何%以上いないといけない、アジア系は何%、日本人は何%など厳格に決まっていて、一つのハウスで必ずミックスカルチャーのコミュニティをつくるようにしています。
このシェアハウスを運営していく中で、国際平和の礎はこういうとこにあるんじゃないかとみんな実感し始めました。例えば、メディアで嫌韓報道が出ても、昔ルームメイトとして過ごしたパクさんという友人を持っていれば、「いやいや、それは一部の人たちの話でしょ。パクちゃんみたいな人もいっぱいいるし」と、その報道を鵜呑みにしないし、戦争になりそうなことになれば、必ず反対の声をあげるでしょう。
そういうグローバル市民を世界中でつくることが、この事業のテーマになりました。そのビジョンの実現に向けて、3年前には韓国、昨年には台湾に進出し、現在は4番目、5番目の進出国を目指して動いています。
また、今月からはホームステイ事業も始めました。若者だけでなく、シニアも含めた交流ができたら面白いんじゃないかなと思っています。政治を見たら、やっぱりシニア層がこの国を動かしています。そして、偏見を持った年配の方たちもたくさんいます。ホームステイを通して、シニア層を巻き込んだ交流を実現したいですね。もしも、韓国のおじさんと日本のおじさんが一緒に酒を飲むなんてことができたら、すごく素敵なことだと思いませんか。
――これまでに事業をどれくらい立ち上げて、その成功率はどれくらいでしょうか。
田口:今は9つの事業をしていますが、やめたのは1つだけです。ドキュメンタリー映画配信事業です。あるご縁があって、なんとかしたいなと始めたんですが、結局、僕がいろんな事業との掛け持ちで中途半端にやっちゃって、途中で断念しちゃいました。あれはいい勉強になりました。事業は中途半端に手を出してはいけないと。
――社内で社会起業家を育成する仕組みもあるのですよね。
田口:事業は自分でやってみることが大切です。だから、うちは事業ごとに銀行口座も分かれています。完全独立会社のように。そして新事業に対し、3000万円を会社は拠出する。事業を始めるときに、まず1000万円をその口座に入金します。そして、半年以内にサービスをつくることを目標に動きます。そして、事業がスタートして売上が1円でもあげれば、1000万円を追加します。そして、単月黒字になったらもう1000万円投資という具合です。
――1円売ることは、そこまで難しくないと思いますが、単月黒字が一番難しいでしょうか。
田口:そうですね。1年以内に単月黒字を目指しますが、2年以上やらないと黒字化しないものや、かなりの投資額が必要な事業もあります。すぐに黒字化できる事業モデルもあれば、時間のかかるものもある。すでに1億円以上投資している事業もたくさんあります。
だから、この育成の仕組みは、あくまでフレームワーク。別に3000万円以内でチマチマやれと言ってるわけではありません。でも、このフレームワークがあるので、各事業リーダーたちは、自分の立ち位置が分かる。
どうやったら、ソーシャルビジネスを成功させることができるかということですが、結局は、辞めるか辞めないかだと思っています。事業リーダーの夢と情熱が詰まっているものかどうか。うまくいかないビジネスは大体頭で考えたものばかり。
どうしても成功させてこんな世界を見たいんだ、という心が乗っていないから、少しうまくいかないと途中ですぐ辞めちゃう。事業をやってきた人ならわかると思いますが、事業なんてどれも難しい局面はあるんですよ、あとはそこで辞めるのか、歯を食いしばって続けるのかの違い。
子ども服のコルヴァの事業責任者は、アパレル未経験者です。しかも、普段はファストファッションしか着ないような、もともとファッションとは無縁の男ですよ(笑)。でも、彼は、この事業をやると決めてからは、ミシンも習って、自分で試作品をつくり、デザインも自分で書いている。そんなところから始まっています。
どの事業責任者も歳が若くて経験も浅い、さらに未経験の業界に参入する場合がほとんどですから、スタートにはいつも苦労します。そして、事業社長としてはじめての組織マネジメント。
最初はみんな痩せこけながら、精神的にも肉体的にもギリギリの淵を渡っていきます。しかし、そこの谷を越えて人は伸びていきます。その谷を越えて成功した時にはじめて、自分に自信が持てるようになります。その「自信」が事業リーダーには必要なのです。
――上手くいっているようですが、すべての事業が黒字になっているということでしょうか。
田口:現時点で利益が出ているのは、オーガニックハーブティーのアモーマ(売上8.5億円)とボーダレス・ハウス(売上5.4億円)だけです。ただ、今は事業成長のために投資している段階です。新規投資をやめて利益を出せといったら、ほとんどの事業ですぐに利益を出せるステージになっています。
ぼくらは、しっかり利益ができるスキームを確認してから事業化しますので、儲からないと判断したら手を出しません。ソーシャルビジネスは途中で辞められませんからね。
だから、逆に言うと、なんとかして儲かる絵を描かないといけない。普通のビジネスは、儲かるから参入しますが、僕らソーシャルビジネスはそうじゃない。社会の問題を解決するために、儲からないものを何とか儲かるようにしないといけない。
そのためには、ユニークな視点でマーケットを見る力がソーシャルビジネスパーソンには求められます。独自のマーケットを切り開き、トップブランドをつくる。価格競争に巻き込まれずに、高い利幅が取れるポジションを維持しないと生産者を守れませんので。工場をつくるのだって、何億円もかかりますからね。さらに、他より高い給与を働く人たちに払おうとしたら、商品の買取価格も当然高くなる。それを背負って勝負するのが僕らの仕事です。
――バングラデシュの自社工場では、未経験者を雇っているようですね。工場経営としてはすごくリスクが高いと思いますが。
田口: ぼくらは、仕事が無くて生活に困窮している人に雇用をつくるためにやっていますから。工場では、ミシンを踏んだ経験がなくても、生活に困っている人はみんな受け入れています。ほかの工場は、教育コストがかかるので経験ある職人しか雇わないところがほとんどですが、ぼくらは雇用が第一です。工場で雇用している数は今200人以上いて、毎月20~30人が入ってきます。今年度中には、500人までに増やす計画です。
経営としては、当然大変です。未経験者ばかりで、世界一高い品質を要求される日本向けの革製品をつくるのですから。さらには、僕ら日本のチームもみんな革製品はおろか、工場生産という仕事に関わった人間すら一人もいない状態でスタートですから。無謀だと言われました(笑)
最初は不良品もかなり出て、大赤字でした。みんな素人ですから。それでも、不良品の写真を撮り、skypeで毎日話し、工場のチームと一緒になって製造工程の修正を考えて。バングラデシュの工場で働くみんなも、この工場を世界No.1のクオリティの工場にしたいと口をそろえて言っています。今では日本での検品アウト率も1%以下になり、工場の経営も2年で黒字となりました。
――現地の経営は、現地の人に完全に任せるスタンスと聞いています。その上で、日本人としてできることは何とお考えでしょうか?
田口:まず、彼らが安心して仕事に集中できるように、販売パートナーとして圧倒的な販売力をつくり上げることです。ちゃんと利益が出る価格で、つくった分だけ買ってくれるパートナーがいると、みんな良い製品や良い工場つくりに集中できますから。
その上で、現地スタッフのために日本側から何ができるかと言えば、やはり「考え方」を伝えることだと思います。現地のマネジメントスタッフには、「人としてのロールモデルになれ」と伝えています。誰に対しても約束を守ること、立場を問わず相手のことを尊重するなど、労使間の隔たりが大きい途上国において、こういう日本的な考え方は新鮮でこれを伝えていくことは大切なことだと考えています。
だから、上司が部下を労働者とみなしているようなことがあれば、厳しく注意します。工場のラインマネジャーが、工員は良いものをつくって当たり前ととらえ、感謝の言葉一つも言わないのに、不良品が出た時だけ怒るのはおかしいだろ、と。みんなのおかげで生産ができているんだから、良いものを作ってくれているメンバーにお礼を言うのが当たり前。
多く給料をもらっているものが偉いというわけではないんだと伝えます。200人以上いる工場で、社長が工員たちと一緒になって掃除をやったり、昼飯を一緒に食べたりする工場は他にないと思いますよ。
――成長を続けていますが、どのような人と一緒に働きたいですか。
田口:ぼくらは、人をスペックで採用しません。僕は面接のときに、履歴書すら見ません。ぼくらはその分野に経験があってもなくても、社会問題のために必要な事業には、次々に挑戦していきますから、過去の経験にいちいち縛られていたら何もできないんですね。だから、ある特定分野で優れた結果を出した人でも、他の分野でどうなるかは分かりませんから過去の実績なんか興味が無いんです。
ただ、仕事ができる人に共通しているのは、その人が持っている「仕事に対する情熱」です。その人の雰囲気やしゃべり方、目つきなどから、その人に本当の情熱があるかどうかを見ます。
――情熱がある人とない人の違いはどこにあると考えますか。
田口:自分がどういう「役割」で、社会問題に貢献するのかまで決められているかどうかの差だと思います。世の中のために何かしたいと思っている人は多いのですが、みんなそこどまり。組織を率いる事業リ―ダーとしてやっていくのか、マーケティングのプロとしてソーシャルビジネスを支える人間になるのか、自分自身としっかり向き合い、正確な自己認識をした上で、具体的に何の役回りで「自分を活かす」のか、を真剣に考え抜いている人は本当に少ない。しかし、その自分の役割をセットできている人の情熱は、すごいものがあります。
今、ソーシャルビジネスという言葉は一種の流行で、NPOや市民団体による非営利事業もなんでもかんでもソーシャルビジネスと呼ばれていますが、ちゃんちゃらおかしいと思っています。だから、みんなソーシャルビジネスなんて言葉はもう聞き飽きている。ビジネスで儲けることができない人たちがやる慈善事業でしょ、と見られちゃっている。
だけど、本当は逆なんですね。一流のビジネスマンこそソーシャルビジネスをやるべきだと思っています。普通のビジネスは、そこに成長マーケットがあるから事業参入する。でも、僕らは社会問題を解決するためには、本来儲からない分野にでも参入しなければいけない、そして儲かるようにしなければいけない。普通のビジネスよりよっぽど難しい。
だから、そこそこのビジネスマンは普通のビジネスをやれば良い。でも、本当に優秀なビジネスマンには是非ソーシャルビジネスの分野に来てほしいと思っています。ビジネス界のトップクラスの人材が力を合わせて、ソーシャルビジネスをやったら、どんどん社会は良くなっていくはずです。
しかし、いくら優秀な人でも一人で事業を立ち上げるのは大変です。ましてや社会を変えるソーシャルビジネスには大きな資金も必要。だからこそ、事業ノウハウと豊富な資金、そして何より志を同じくする仲間が集う、ソーシャルビジネスのプラットフォームとしてこの会社があります。
自分の能力を社会問題の解決に使いたいと真剣に考えている人、ぜひ一度連絡してほしいです。志を同じくする一流のソーシャルビジネスパーソンが集い、切磋琢磨しながら、次々とソーシャルビジネスを成功させていく「場」となる。それが、ボーダレス・ジャパンという会社の存在意義だと思っています。
田口 一成(たぐちかずなり):
株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長。1980年生まれ。福岡県出身。早稲田大学卒業。大学在学中、発展途上国で栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て、「人生をかける価値がある」と起業を決意。2004年(株)ミスミ入社。2006年(株)ボーダレス・ジャパンの前身となる(有)ボーダーレス・ジャパン創業。「ソーシャルビジネスで世界を変える」ことを目指し、社会起業家が集うプラットフォームカンパニーとして、多国籍コミュニティハウス事業や、オーガニックハーブ事業など9つの事業を展開中。