タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆パニック大手町

地獄で仏のような気がした。しかし嫌な臭いも湧き上がる。「しかしここから小田急沿線豪徳寺まで歩くのだったら」と思った。だけど自分だけが甘い汁を吸うのは気が引ける。啓介は周りの達を見渡した。「困ったときはお互い様だ」サングラスが言った。

「どこまでだい」「新宿か渋谷の方に行きたいんですが」ベンツの男が言った。「一万だ」啓介はとっさに答えた。「高いよ」すると運転手は無言で正面を見た。ガラスがするすると上がって車は神田方面に去って行った。堀端をタクシーが客を詰め込んで何台も通り過ぎて行く。空車のタクシーなんてありえない。タクシー乗り場は長い列ができているのだろう。

啓介は地下鉄大手町の駅に戻ってみた。魚群の様に人が地上まで溢れていた。埒が開きそうもない。啓介はもう一度電車の様子をみようと思い、東京駅に向かった。しかし状況はさらにさらに悪化していた。無彩色の群れは漁船から落とされたイワシのように厚く広がり地面が見えない。

群れは八重洲口の外のバス停に広がり、海蛇の様にうねるバスを待つ列と混ざり合っている。皆いつ復旧するか分からないのに律儀に復旧を待っている。真夜中には復旧するのだろうか?多分無理だろう。始発には間に合うのだろうかわからない。だけどバスは生真面目に到着と出発を繰り返しているが終バスまで乗れるかどうかわからない。乗れても小田急線豪徳寺まで行くバスなどありはしない。さっきのベンツに乗っていればよかったと啓介は思った。今思うとそれは確かに一万円の価値が有った。だだ自分は一万円を持っていなかった。

ATMも動いているか分からない。そういえばと啓介は思い出した。ニューヨークには白タクの様な物があった。それが合法か違法か揉めていた。イエローキャブがそれにやられるほどの社会的需要があったことを懐かしく思った。あのベンツに自分はなんで気が引けたのだろうと考えてみた。一万円が高かったからか?運転手の風体か?違法だからか?啓介は考えてみた。違う違う!人と違うことをする事に気が引けたのだ。

でも今は後悔している。すると周りの電気が急に消えた。東京駅、中央郵便局、丸ビルの明かりもだ。恐怖の声が地鳴りのように響いた。電気がまた点いた。歓喜の声が空に上がった。こんなに闇夜が恐ろしく、明かりを有りがたく思ったことはない。啓介は昨日の豪華とは言えない小さな宴を思い出した。末広さんの事務所に行って見るか?

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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