おいしい水は美しい森が支える。日本の名水を守り続けてきたのは、森林の保全活動に携わる林業を生業とする人々だった。しかし林業の担い手が減少を続ける中で、森を守り、育てる活動の大切さは忘れられつつある。美しい森を次の世代に受け継いでいくために何ができるのか? 地元の森を愛し、長年にわたって森林保全活動を続ける一人の男性を訪ねた。

■今日も森に入る、78歳の男性

毎朝5時に起き、畑を耕す。育てているのはグリーンピース、人参、チンゲンサイ。夜明けにひと仕事終えたあとは重い刈払機を抱え、広大な森林の整備に向かう。険しい山道を1日10 kmは歩く。特に夏場は過酷で、気温が連日30度を超える中、日が暮れるまで草を刈り続ける。慣れない人は数時間で音を上げそうな生活を、今年で78歳を迎えた木野次雄さんは、もう10年以上も続けている。

宮崎県えびの市。霧島連山の麓に豊かな自然が広がるこの町に、木野さんが委員長を務める「麓共有林」はある。麓共有林は市内最大の共有林で、広さは約250ヘクタール。東京ドームに換算すると、約53個分にも上る。

麓共有林の頂から見たえびの市の眺め。市内を流れる川内川を中心に、平野部分には田んぼや畑が広がる。奥に見えるは霧島連山の一角

麓共有林の頂から見たえびの市の眺め。市内を流れる川内川を中心に、平野部分には田んぼや畑が広がる。奥に見えるは霧島連山の一角

この森の歴史は古い。地域の人たちが山の土地を共同で所有することになったのが、今から130年前のこと。現在も森林を“共有”する「株主」は88人おり、何代にもわたって森を守り続けてきた。木野さんも所有権を持つ株主の一人だ。

木野さんたちの主な活動は、株主会で立てた事業計画に則り、木を植え、伐採し、木材として販売すること。しかし、売り物になる質の良い木を育てるためには、日々の手入れが欠かせない。

「苗木を植えてからの数年間は『下刈り』といって、周りの雑草を刈り取る作業をしなければなりません。苗木よりも雑草のほうが成長は早いため、下刈りをしなければ、苗木への日当たりが悪くなり、その成長が阻害されてしまうからです」

大きく育ってからも、植栽木以外の不要な樹木を伐採する「除伐」や、互いに成長を阻害しないように木を選んで伐採する「間伐」など、常に手入れをしていく必要がある。そのようにして長年、木野さんたち株主は麓共有林を守ってきた。

下刈りの作業をする木野さん。日光を遮るものがないため、夏場は気温がかなり上昇する。1時間おきのこまめな休憩と水分補給が欠かせない

下刈りの作業をする木野さん。日光を遮るものがないため、夏場は気温がかなり上昇する。1時間おきのこまめな休憩と水分補給が欠かせない

■なぜ、森が減ってきているのか?

しかし近年、森林の保全に携わる人は減少し続けている。宮崎県南西部の森林の管理や木材販売を担う西諸地区森林組合の代表理事組合長、平奈緒美さんが言う。

「宮崎県は杉の丸太生産量が日本一であることからも分かるように、林業が盛んな地域でした。えびの市も建築用木材の生産地として評判が高く、高度経済成長期には多くの人が林業に従事していました。私が組合に入った35年前には、山から木材を運び出す馬がたくさんいたことを覚えています。しかし、木材の市場価格が下落したことで、林業の担い手が大幅に減ってしまった。木を切ったあとに森林を保全する費用が払えないから、もう木を植えないという地主さんもいるのです。そのため、裸の山が増えてきています」

木野次雄さんと平奈緒美さん。森を守る二人の背筋はピンと伸びている

木野次雄さんと平奈緒美さん。森を守る二人の背筋はピンと伸びている

麓共有林もまさに同じ問題を抱えている。株主の多くは県外におり、保全作業に参加しているのは、木野さんを含めた地元の有志7人のみ。森林組合と協力しながら、なんとか活動を続けているのが現状だ。

「周りからは、『もうトシなんだから、そんな大変なことをしなくてもいいじゃない』と言われます。でも、委員長である私が先頭に立ってやらないと、本当に誰も森を守り、育てることをしなくなってしまう」と木野さんは語る。なぜ、そこまで森を育てることにこだわるのか?

「やっぱり、ここが私の地元だからですね。麓共有林の株主を親父から継いだ時に、森を守っていく責任も引き継いだのだと思っています。親父は農林関係の公務員であり、森を守ることを仕事にしていました。私も、32年間務めた公務員の職を1999年に定年退職してからは農林業を営んでいました。そんな時、麓共有林株主会の前委員長が退任することになり、私に『ぜひ頼む』と。悩みましたが、自分の森は自分で守らなければならないと思い、委員長を引き受けることにしたのです」

しかし、実際に森林の保全活動を始めると、農家として毎日畑や田んぼに出ていた経験がある木野さんですら、「こんなにつらい仕事はない」と感じたほど、山の仕事は大変だった。それでも「森を守らなければならん」という一心で続けてきた。

「森林というのは、木材を育てるためだけの場所ではないのです。空気の浄化、水資源の確保、土砂災害の防止など、実に多様な機能があります。日本は国土の70%が森林です。つまり、森を守るということは、国土を守るということでもあるのです」

■森林保全に名乗りを上げた二つの企業

そう語る木野さんに協力を申し出たのが、くしくも麓共有林と同じ130 年の歴史を持つ「コカ・コーラ」の会社だった。えびの市内に工場を所有しているコカ・コーラウエスト株式会社が2014年11月、宮崎県、えびの市、西諸地区森林組合、そして麓共有林と協定を結び、麓共有林の森林面積203.23ヘクタールに相当するエリアを「えびの城山 さわやか自然の森」と名付け、ともに森林づくりを行うと宣言したのだ。もともと同社のえびの工場では、「工場で使った水をすべて地域と自然に還元する」ことを目的としたWater Neutrality(ウォーター・ニュートラリティー)活動を行っており、工場から出る排水でも魚が泳げるようになるくらいに水を浄化するなど、積極的に水資源保護に取り組んでいた。

森の中は区画ごとに整理されている。苗木を植えたばかりのエリアの下刈りには、10人がかりで作業しても、丸一日かかるという

森の中は区画ごとに整理されている。苗木を植えたばかりのエリアの下刈りには、10人がかりで作業しても、丸一日かかるという

とはいえ、最初にコカ・コーラウエストから森林保全活動への支援の申し出を聞いた時、木野さんは、「正直、ピンとこなかった」と振り返る。

「大企業がなぜ、うちらの森に興味を持つのかが分からなかったのです。ほかの株主たちも何のメリットがあるのかと疑っておりました。でも、お話をする中に『えびのの美しい水に、私たちは恩返しをしなければならない』という言葉があったんです。私はその気持ちがうれしくて、維持管理費をサポートいただく提案を受けることに決めました。支援は必要ですが、やっぱり互いに手を取り合うためには、この森と水を守るのだという決意が通じ合っていなければならない」

前出の森林組合長の平さんもうなずく。

「森を守ることは、水を守ることにつながります。私が常々申し上げているのは、日本のように水道水をそのまま飲める国は世界中にいくつもないということ。森を守り、水源を守るという行為がいかに大切か。コカ・コーラさんとの取り組みをきっかけに、多くの人がそのことに気づいてくれたら、と思っています」

さらに、森林保全と地域の持続的発展に取り組むために、日本コカ・コーラ株式会社と2013 年に協定を交わした日本製紙グループも、西諸地区森林組合および麓共有林と連携。「森と水とスマイル」活動の一環として、日本製紙グループは総合バイオマス企業の強みを活かし、コカ・コーラシステムの水源域である麓共有林から出荷される木材を安定的に買い取り、カスケード利用(※)を通して、麓共有林の安定した維持管理を後押ししていく。えびのの森を守る活動を一過性のもので終わらせず、中長期的な展望を持った持続的な取り組みとするための連携スキームが、ここにできあがった。

森の中をどんどん分け入って行く木野さん。その足取りはとても軽やか

森の中をどんどん分け入って行く木野さん。その足取りはとても軽やか

「先日、えびの市産の米である『ヒノヒカリ』が、最高評価の特Aを宮崎県で初めて獲得しました。私も米農家だったから分かるのですが、おいしい米づくりには、おいしい水が欠かせません。これも美しい森を守り続けている成果の一つです」

今日も木野さんは山に入り、汗を流しながら森を守り、水を守り続ける。

「山での仕事が大変なのは変わっていませんが、1日の仕事が終わって、母ちゃんと話しながら宮崎の芋焼酎で乾杯すれば、疲れなんて吹き飛びます。だから、まだまだ頑張りますよ」

えびのの森の未来を感じる、力強い言葉だった。

※カスケード利用……木材を建築用材として利用したあと、製紙原料や発電用の燃料としてなど、余すことなく利用すること。

「森と水とスマイル」とは?
日本製紙グループと日本コカ・コーラが、森林資源・水資源の保全と地域の持続的発展に中長期的に取り組むために、2013年に協定を結び、始まったプロジェクト。日本製紙株式会社の社有林もしくはコカ・コーラシステムの工場の水源域を対象に、さまざまな活動を展開する。

csr_ph_06
木野次雄(きの・つぎお) / 1939年生まれ。2012年より麓共有林株主会委員長を務める。農業を営みながら、毎日山に入り、麓共有林の管理、保全活動を行っている。

*この記事は、日本コカ・コーラ(株)のCSRサイトから転載しました。

[showwhatsnew]