2016年9月2日、金沢工業大学(K.I.T.)虎ノ門キャンバスで、『BoPビジネス3.0』出版記念、ならびに一般社団法人BoP Global Network Japan設立記念シンポジウムが開催された。JICA、日本の先進企業、国際NGOの実務者が登壇したイベントをレポートする。
■なぜ今「BoPビジネス3.0」なのか
「BoP」とは、世界経済の「ピラミッドの底辺=BoP(The Base of the Pyramid)」を指す言葉であり、2002年にスチュアート・L・ハートとC・K・プラハラードが提唱した。それ以来、「BoPビジネス」は、ビジネスのアプローチを通じて貧困削減を目指しつつ、数兆ドル規模の新市場に存在するチャンスをいち早く獲得する戦略として、世界的な注目を浴びた。BoP層は算定方法にもよるが、世界30億人~50億人と言われている。
シンポジウムの冒頭には、『BoPビジネス3.0――持続的成長のエコシステムをつくる』(平本督太郎訳、英治出版、2016年8月24日発売)の編著者である、スチュアート・L・ハート氏、フェルナンド・カサード・カニェーケ氏から寄せられたメッセージが披露された。
「BoPのコンセプトが示されて以降、斬新かつ画期的なビジネスチャンスが生まれ、BoPが選択できる機会の質・多様さは飛躍的に改善されてきた。しかし、まだ道半ばの取り組みである。“BoP市場に眠る富を発見する”がBoP1.0だったのに対し、“BoP層と価値を共創する”ことで飛躍的なイノベーションを起こすことがBoP2.0のモデルだった。2.0モデルはまだ開発途上であるが、新たなモデルが求められている。そこで実践者を集め、よりオープンで、包括的な3.0モデルを提唱するために本書を執筆した。限られた市場の限定的なインパクトではなく、より広く展開が可能で、持続的な社会をつくるためのソリューションである」(筆者による抜粋、要約)
後に登壇したJICAの馬場氏も触れていたが、日本企業には「BoPビジネス」への誤解があり、「小分けビジネス」「BoP層だけを対象にしたビジネス」と認識している人もまだまだ多いらしい。それだと単純な「BoP1.0」のメンタルモデルに留まったままだ。しかしハート氏らのいう「BoP3.0」は全く違う、包括的な視点への進化だと言えるだろう。
包括的なビジネスを行うという視点は、「BoP」理論が提唱された初期のころからまったくなかったわけではない。プラハラードも『ネクスト・マーケット』のなかで、「規模の拡大を前提にする」「環境資源を浪費しない」などの原則を提唱し、多様なステークホルダーが「共生関係の中でともに活動し、富を創造できるようにする」エコシステムの重要性を説いている。
1.0モデルの失敗は、ボリュームゾーンとしてのBoP市場の特徴にばかりに目が向けられてしまった結果であり、「2.0」を経て「3.0」モデルが提唱されている背景は、本質を改めて問い直すという意図もあるのだろう。
■日本国内の変化――BoP Global Network JapanとJICAの取り組み
BoP Global Network Japanは、世界的な有識者ネットワークであるBoP Global Networkの日本の拠点で、今年7月に一般社団法人化されたという。代表理事の平本督太郎氏は団体の目的として、「日本企業を中心としたBoPビジネスの取り組みを世界に発信し、世界的な動向を日本に共有することで、持続的な世界をつくること」と述べた。
活動には6つの柱を立てている。(図)情報発信、研究、投資、そして次世代リーダーの育成までカバーし、日本におけるBoPビジネスを推進するための包括的なエコシステムをつくるための野心的な活動だといえるだろう。
世界のBoP Global Networkの動きとしては、今年9月20日~22日にシンガポールでアジア地域大会があり、来年2017年は世界大会がアジアで開催されるため、それと連携したイベントを日本でも開催する予定だという。
JICA(国際協力機構)は、2010年から日本企業のBoPビジネスへの取り組みを支援している。事業形成のためのフィージビリティー(実現可能性)調査を助成する「協力準備調査(BOPビジネス連携促進)」というプログラムだ。これまで合計10回の公募をし、107件の事業が採択されてきた(その後、10回目の公募において7件が新たに採択されたと発表された)。
JICA民間連携事業部連携推進課課長の馬場隆氏は、「BoPビジネスへの認知」に関する企業アンケート結果を共有した。その結果、認知度については「名前を聞いたことがある」が過半数で、「全く聞いたことがない」が1/4。関心度については「なんともいえない」「魅力的に感じない」が過半数であり、認知・関心が十分に広まっているわけではない実態が浮き彫りになった
しかし、「SDGs(持続可能な開発目標)」の採択で状況は変わりつつあるという。「世界中のドナーがSDGsの文脈において企業とのパートナーシップを模索しようとしている。BoPに限らず、ビジネスを通じて開発課題をどう解決していくか、どんな支援を提供できるのかがJICAの課題になっている」と馬場氏は述べた。そのうえで、SDGsの実現に向け、協力準備調査を通じた積極的な貢献を図っていくという。
今回のイベントのタイトルに「SDGsビジネス」と入れているのもこのような動きを受けてのことだろう。平本氏は、「SDGsビジネス」の仮の定義として、「SDGsの達成に貢献するビジネスであり、従来の事業・開発手法よりも優れた社会・環境・経済的なインパクトを起こすもの」(筆者要約)と述べた。BoPビジネス3.0が目指す「持続可能なエコシステム」の方向性とも合致するし、必ずしもBoP層をターゲットにしていなくても、環境やエネルギーなどの分野で独自の技術を持つ企業も参入しやすくなるかもしれない。
このような日本における変化は、今後の日本企業の進出の後押しになるかどうか、両団体の取り組みにも注目だ。
■「静脈産業の旗手」会宝産業
会宝産業は、中古自動車を解体して部品を資源として販売する自動車リサイクル企業だ。国際的な自動車リサイクルネットワークを構築することで、世界80カ国に販売を行っている。
会宝産業は2015年、JICAと提携してブラジルにて産官学連携の事業を始めた。ブラジル連邦技術教育センターと連携してミナスジェライス州に環境配慮型の自動車リサイクル技術教育センターを設置し、廃自動車の解体、中古部品の製造・管理・販売等の技術・運営指導を通じて、今後のビジネス展開に向けての調査・活動を行うというものだ。
これは会宝産業がもともと有していた「IREC(国際リサイクル教育センター)」のノウハウを、ブラジルの現地の教育機関に移転するというものだ。もともとブラジルは中古部品を輸入できないという制約があり、いわば会宝産業の販売先にはならないという。なぜお金にもならない国にわざわざ行ったのか。代表取締役会長の近藤典彦氏は次のように述べた。
「今後、日本と同じように環境問題が起きるだろうと考えた。それならば、自社が持っている教育センターのノウハウを海外に伝えることで、それぞれの国がきれいになって世界がよくなる。日本のビジネスができるかできないかではなく、自分が持っているものを相手に伝え、そのなかでどうビジネスを起こしていくか。それが教育センターのフランチャイズ化だった」
つまり、フランチャイズ化によるロイヤリティー収入と関連事業の開発という新規事業として捉えている。その近藤氏が今後の経済のあり方として重視している考え方が「静脈産業」である。血液を運ぶ動脈が酸素を取り込んでエネルギーに変えているように、物を作ってどんどん消費していくのが「動脈産業」であり、これまでの経済のあり方だったという。
「これからは180度異なるやり方がないかと考えている。環境をよくすることで経済を発展させる方法だ。血管に動脈と静脈があるように、経済も同じように捉えられるのではないか。これまで車をどんどん作って発展してきた。廃棄物をどう再利用するかはあまり考えられてこなかった。車は経済発展の象徴だったが、後始末をしないといけない。『もったいない』とマータイさんが言ったが、『後始末』という言葉も広げていくべきだ。後始末ができると、次の世代、つまり子どもたちにきれいに渡せる」
単に「リサイクル=再利用」というのではなく、作ったものを循環してそこに価値を生み出すことが、近藤氏のいう「静脈産業」の本質であろう。
■「100年という軸で考えると、残された時間は少ない」フロムファーイースト
フロムファーイーストは、主にオーガニック原料を使った石鹸・シャンプーを中心とした美容商品を美容室・一般消費者に販売している。一般向けには自社ECサイト「みんなでみらいを」に加え、全国のイオンなどの化粧品売場でも取り扱われている。
現在、フロムファーイーストは、カンボジアの農村部で植林・製品開発・環境への再投資という循環型の「森の叡智プロジェクト」を展開している。代表取締役社長の阪口竜也氏は、自分の子どもが生まれたときに「100年先の未来」について意識したという。
「100年後、地球におそらく住めていないのでは、と感じた。その後リオサミットのセヴァン・スズキさんのスピーチを知ったが、92年の講演時よりいまの方が悪くなっている、という大きな危機感を持った」
そして、これから人口も増え発展していく途上国が、先進国が歩んできたのと同じような自然破壊の道を歩くと、より深刻な問題を引き起こすだろうと予見して、「森の叡智プロジェクト」は始まったという。
これは、洪水抑制のための植林を現地住民とともに行い、植林した樹木から得られる葉や種などから、化粧品や洗剤を製造し、日本市場で販売している。さらに、販売から得られた利益を植林へ再投資して、森を広げていくという仕組みだ。将来的には、現地において製品の製造体制を整えて、観光客や現地美容室を通じた富裕層・中間層向け販売も視野に入れている。
このプロジェクトには、もともと現地で持続可能な森・村の開発を行っていた「IKTT(クメール伝統織物研究所)」、土壌改質剤を用いた農業指導を行う「コズミック」、水車による発電設備を整えることを目指す「ときまたぎグループ」など、さまざまなNGO、企業が参画している。
「100年という軸で見ると、時間がない」と語る阪口氏は、「一社だけで拡大が難しいものを、いろんな人たちに参加してもらいながら一緒にやっていくことで、より大きなインパクトをより短い期間で達成できる」と力説した。
■「ソーシャルビジネスにおける、女性の力」アジア女性社会起業家ネットワーク
BoP Global Network Japanの理事でもある渡邉さやか氏は、代表を務める一般社団法人re:terraの活動で「アジア女性社会起業家ネットワーク会議」を運営している。
きっかけは、カンボジアで美容サロン(Bi Salon)を経営する女性起業家カム・ケムラ氏との出会いだった。事業コンサルティングパートナーとして、カンボジアの女性達に日本の技術を伝えるために専門技術者をボランティア派遣して、美容教室を開催。それが美容学校の設立につながった。
そのなかで、ケムラ氏が「カンボジアでビジネスをしていても、互いのミッションや思いに共感しあえる現地でよいパートナーと出会えない」という課題を抱いていたことを知るようになる。
そこでネットワーク会議の活動を2014年から始め、去年の日本会議にはアフリカや中米の起業家も招聘し、東京だけでなく東北の被災地を案内して連携の可能性を探るディスカッションを実施した。
「SDGsと女性というと、目標5の『ジェンダー平等を実現しよう』のことだと思われがちだが、実はすべての目標に関わる視点」だと渡邉氏は語る。
タイ人でありながら最貧国のラオスで起業したある女性は、現地コミュニティとの関係構築を優先するために、あえて世界銀行からの融資提案を断り、事業10年目にして横展開の検討に入ったようだ。また、障碍者雇用も積極的に行っている。
カンボジアのケムラ氏も、耳の聞こえない女性に対して、ネイルの技術を教える活動を行っている。「二人とも、もちろんインパクトを生み出したいとか、開発目標を達成したいと思って行っているのではなく、コミュニティのことを考えたら自然にそうなった」と渡邉氏は述べる。
国際協力や経済開発の分野では、近年「女性のエンパワーメント」の重要性がますます強調されている。パキスタンのマララ・ユスフザイ氏の事件が象徴するように、女性や女児が相対的に抑圧され、基本的な教育も受けられない現実があるのも事実だ。一方で、女性が能力を獲得して自立することで、得た収入や資産が家族やコミュニティに還元され、持続的なインパクトをもたらすことも、さまざまな研究によって明らかになっている。「女性のエンパワーメント」に対する国際的な動きは、問題の一方的な糾弾ではなく、より建設的な議論だと言える。SDGsのゴール設定も、その文脈で出てきたものだと捉えられるだろう。
■「グローバルヘルスに、世界の関心と資金が集まる」
Malaria No More Japan Malaria No More Japanは日本初のマラリアに特化したNPO法人だ。マラリアやそれに関連する貧困・保健の問題の啓発活動や、寄付金を活用してアフリカへの防虫蚊帳の配布活動、日本企業の進出支援などを行っている。
マラリアは世界の子どもの3大死因のひとつで、1~2分に1人の子どもが亡くなるほど大きな被害を出している病気だ。MDGs(ミレニアム開発目標)のなかで「マラリアによる死亡率及び有病率を50%減らす」について、国際的な努力の結果、子どもの死亡率は58%の減少に成功を収めた。
SDGsでは、2030年までに「エイズ・結核・マラリアなどの流行をなくす」という、もっと野心的な目標が設定された。
「2000年に始まった保健分野への世界的な資金投資は、現在に至るまでどんどん上がっている。国内だけ見ればODAの予算は落ちているので縮小傾向にあると考えがちだが、国際的な視野でみれば全く逆のことがわかる」とMalaria No More Japan専務理事の水野達男氏は述べる。
水野氏は、前職の住友化学で防虫蚊帳のオリセットネット事業の現地事業担当となり、軌道に乗せた実績を持つ。「日本で注目が集まってなかった分野に現地に乗り込んで先行投資したからこそ、いまの成功がある」住友化学の成功要因をそう分析する。
また、なぜ保健への投資が増えているかについては、次のように語った。「保健への投資は未来への投資だ。子ども1人が健康的な人生を送れば、生涯で300万円くらいの消費をすることになる。家族を考慮するともっと大きなインパクトがある。社会経済の基盤であり、だからこそ世界的に増えるし、企業はもっとこの分野に投資すべきだと思っている」
住友化学での経験から、BoPビジネスの成功には大きく5つのポイントがあると水野氏は述べる。①トップのコミットメント、②飽くなきコストダウン、③ユニークさを武器・強みにしたビジネスモデル、④ステージ別の適正人材登用、⑤現地が主役主義の人材育成。
そして、参加者からの質問に答える形でドナーとの関係についても語った。重要なのは、お金の貸し借りで始まる関係ではなく、「どんな社会をつくりたいか」というゴールを共有していることだという。たしかにゲイツ財団にはマラリアをなくすという目標を世界に向かって公言している。日本のODAについても額の増減だけが注目を集めるが、どのような目的で使われているのか、はっきりとわかりやすい形で示すことで、より本質的な議論ができるのかもしれない。
この点に関連してのちのパネルディスカッションで「パートナーシップ」の話題になったとき、JICAの馬場氏は「JICAをビジネスパートナーとして使って欲しい」と訴えた。企業アンケートの結果、8割の企業がJICAをビジネスパートナーとは認識していないという結果があったという。しかし、途上国でビジネスをするにあたって企業は情報収集などの面で多くの困難があり、現地の事情に詳しいJICAが協力できることは必ずあるという。水野氏も触れたような「ゴール」を共有し、パートナーシップの輪が広がれば大きな可能性につながることは間違いないだろう。
■これからの企業と社会のあり方を問い直す
3.0モデルが「持続可能性」を求めているのと同様に、BoP Global Network Japanの活動や登壇者の各団体の取り組みも、より長期的な目線に立っていると感じた。数年前まではBoPといえば「チャンス」という言葉が目立ったが、今日の議論からは「社会経済や企業はどうあるべきなのか」という、より本質的な問いが投げかけられていた。
言い換えれば、「BoPビジネス」「SDGsビジネス」ととらえるとき、単純にBoP層のためのもの、開発のためのものと捉えるのではなく、「これは組織と社会を変えるチャンスなのだ」ということが通底するメッセージだったように思う。だからこそであろう、セクター問わず、より前向きな協働をしていくために何ができるか、という雰囲気が会場全体にあった。今後日本でどこまで「持続的なエコシステム」を作れるのか、今後の動向に注目していきたい。
◆関連書籍
『BoPビジネス3.0――持続的成長のエコシステムをつくる』
[編著]フェルナンド・カサード・カニェーケ、スチュアート・L・ハート
[訳]平本督太郎