夢の実現性を競い合う「みんなの夢アワード」(主催:公益財団法人みんなの夢をかなえる会)。毎年、全国から数百人がエントリーし、審査を勝ち抜いたファイナリストが数千人の観衆と審査員、約50社の協賛企業を前に自らの夢をプレゼンする。
会場からの投票で、「日本一」の夢を決め、最高のプレゼンテーターには100万円の夢支度金や協賛企業から最大限のサポートを得ることができる。優秀なソーシャルビジネスには、最大2000万円の出資交渉権が授与される。
今年は2月20日に7回目の同アワードが舞浜アンフィシアターで開催される。開催を前に、シリーズ「ファイナリストの今」と題して、過去のファイナリストたちの近況を紹介する。取材したのは、みんなの夢アワード5で、「途上国の子どもたちに映画を届ける」とプレゼンし、グランプリを獲得した教来石小織さん。
◆デザインで途上国の女性をエンパワメント
薄手のコートを羽織っても肌寒くなってきた11月初旬。イタリアンレストランで温井和佳奈さんのインタビューを行いました。ストールを巻き、凛とした姿勢で颯爽とお店に現れた温井さん。相変わらずエレガントで、長い黒髪はツヤツヤ。思わず使っているシャンプーを聞くと、「フルボ酸のシャンプー」とのことでした。メモしました。温井さんが前に座ると、背景にある庶民の味方のレストランの絵が、本物のラファエロに見えてくるから不思議です。
温井さんは、2013年2月に日本武道館で行われた「みんなの夢AWARD3」で「アジア女性夢実現プロデューサー」の夢を語り、見事第3位とユヌス・ソーシャル・ビジネス部門賞に輝いた方。現在はカンボジアで成功をおさめた女性起業家として注目されています。
温井さんが経営しているのは、カンボジアの首都プノンペンにあるイオンモール内のお土産店「AMAZING CAMBODIA(アメージングカンボジア)」。
今では日本、韓国、中国、カンボジアのお客様から大人気のお店ですが、「2014年6月にイオンモールがオープンした当初、14万人が来店したのに、私たちのお店だけ一人もお客さんが来なかったんです」と振り返る温井さん。一時は撤退も考えたという状況から、どうやって成功をおさめていったのでしょうか。
温井さんの事業を救ったという、夢アワードの主宰者・渡邉美樹氏の「たった一言のアドバイス」とは?温井さんが事業を軌道に乗せるまでの道のりについてお聞きしました。(記事:教来石小織)
――出だしから髪のケアの話ばかりですみません。温井さんのツヤ髪を維持するのに、フルボ酸のシャンプーの他に何か使っているものはありますか?
温井さん(以下、温井):何かあったかな……。あ、ココナッツバームをつけています。ココナッツオイルってすごいんですよ。髪だけでなくて、目の周りとか、かかととか指にも塗れて、美肌にもいいし、ダイエットにもいいし、認知症予防にもいいし…といういいこと尽くしで、ハリウッド女優も愛用しているんです。(ポーチからココナッツバームを取り出し)
これはうちのお店の人気商品。カンボジアのココナッツから良質なオイルを抽出して、化学薬品を一切使わず作られているんです。
――ハリウッド女優も…。ちょっと塗ってみてもいいですか?(塗りながら)パッケージのラベルもすごく可愛いですね。
温井:ラベルのデザインは、ドリーム・ガールズ・デザインコンテストに出たカンボジア人女性たちが手掛けています。
――2013年2月に温井さんのプレゼンを日本武道館で見たのですが、ドリーム・ガールズ・プロジェクトについて熱く語られる温井さんの姿が印象的でした。
温井:もともと女性の自立に対して思い入れがありました。アジア途上国の女性たちの貧困問題解決や地位向上につながる何かができないかと考えていた時に、「カンボジアには美しいアンコールワットがある。デザインの力で女性の自立の道を切り拓けないだろうか」と思い、2011年からドリーム・ガールズ・デザインコンテストを始めました。
ドリーム・ガールズ・デザインコンテストは今年で第6回目を迎えるのですが、カンボジア人の潜在能力を感じますし、年を経るごとにデザインのレベルが上がっているように感じます。今年はカンボジアの各州から約300名、5歳から60歳までの幅広い年齢層の女性が応募してくださいました。
――年々広がりを見せていますね。コンテストで賞を取られたドリームガールズたちは、その後もデザインの道に進まれるのでしょうか?
温井:初代ドリームガールズのワタイという子は、今年の授賞式で「ファッションショーをプロデュースしたい」と言ってくれたんです。
彼女は今年デザイン会社を設立しました。起業家としてのアドバイスも求めてくれるようになって嬉しい限りです。下手をしたらビジネスで抜かれかねません(笑)。
米国の新聞でカンボジア人デザイナーとして紹介され、カンボジアを代表するデザイナーになった子もいます。「ここに住んでいたら肺がやられる」というような、決して裕福とはいえない場所に住んでいた子でした。
――まさにサクセスストーリーですね。
温井:アジアの途上国の女性がコンテストをきっかけに、夢を実現する喜びを体験し、夢を叶えていければと願っています。
――以前、カンボジアのプノンペンで温井さんのお店を訪ねたことがあるんです。その時は温井さんの下のお名前の「WAKANA」という名前でした。お店の名前を「AMAZING CAMBODIA」に変えるのに躊躇はありませんでしたか?
温井:全然ないです(笑)。もともと自分の名前にしたかったわけではないですし。ある専門家の先生に「WAKANA」は「A」が3回続いて強い音韻なので、世界に通用するブランド名になりえるよと言っていただいたので、「WAKANA」でいいかなと。
その頃お店のコンセプトも定まらず、売上も最悪でした。イオンモールがオープンした時、14万人が来店したのに、うちの店だけ誰も来なかったんです。
最初はドリームガールズが作ったポーチをメインに置いていたのですが、それだけでは全然売れなくて。
カンボジアを応援したいけれど、カンボジア商品だけでは売れないだろうと、日本の基礎化粧品も置いたりして試行錯誤した結果、何がしたいのか、何屋なのか全然わからないお店になっていたんです。
渡邉美樹さんも来てくださったのですが、店内を一周して何も言わずに帰られました。後から聞いたら「時間の問題で撤退だな」と思われていたそうです(笑)。
――ひーっ。
温井:そんな中で、ドリームガールズの子たちがお店に来て、「アメージング」と言って喜ぶんです。自分のデザインした商品がイオンモールのお店に並んでいるなんてアメージングだと。多い子だと30回くらい「アメージング」を連発していました。
思えば私もカンボジアに来たのはアメージングなカンボジアに惹かれたから。カンボジアに来てからも、いろんなことに驚かされて、アメージングと言っていたなと思い出しました。
インスピレーションみたいなものだと思うんですが、新しいブランド名とお店の名前を「AMAZING CAMBODIA」にしようと思ったんです。それで日本製品を半分売るようなことはやめて、100%メイドインカンボジアの商品を売っていこう、世界に誇れるカンボジアの商品、カンボジアの誇りを売っていこうと決意しました。
――そのコンセプトが大当たりしたんですね。
温井:ブランドを変えてから約一年なのですが、いろんな方から「AMAZING CAMBODIAっていいよね」と言っていただきます。渡邉美樹さんもまた見に来てくださって、「可能性が出てきたな」と。
次に来てくださったときは「もう大丈夫だな」と言ってくださったんです。偶然ですけど、名前も最初が英語だと「A」と、日本語だと「ア」で始まるのが良かったみたいです。ある日本の引っ越し屋さんは、「ア」で始まるから電話帳の最初に出てきて生き残ることができたそうです。
100%メイドインカンボジアの商品で、クオリティコントロールがされていて、日本人が試しても良いものだと感じられるレベルのものをカンボジア中から探しました。どんなに良い商品でも、パッケージがクメール語だけだと買うのを躊躇しませんか?
――します。
温井:パッケージを日本語にしたり、デザインがいまいちだなと思うものは、ドリームガールズのデザインで新しいラベルを開発したりもします。ドリームガールズの位置づけは、会社的にはCSRですね。カンボジア各地のものづくりメーカーと共に、ドリームガールズも成長していくイメージです。
――素晴らしい仕組みですね。お店で売る商品は、いつも温井さんが買い付けに行かれるんですか?
温井:最初の頃は行っていましたが、今はマネジャーがやってくれていますし、メーカーが持ち込んでくれることが多いですね。でも一定レベルに達していない商品は、店頭に置くことをお断りします。
取り扱いしても、売れなければ3カ月で警告をして、値段設定を変えてもらったり、大きさを変えてもらったりします。それでも売れなければ撤退してもらいます。
メーカーからは「こんなに一生懸命やっている」「同業種の商品を置かないでほしい」とクレームを受けることもありますが、私たちも必死です。
イオンモールがオープンした時、飲食に限っていえば日本のお店は25店舗ありましたが、2年後に残っていたのは5店舗です。私たちも売上や契約条件を満たせない場合は撤退するしかありません。
私たちが撤退したら、イオンモールという多くのお客様の目に留まる場所で、カンボジアが誇る商品を発信できなくなるのだと説得します。メーカーと常に切磋琢磨していますね。
――かっこいい……。
温井:必死にやっているからでしょうか。最初は一人もお客さんが来ないというスタートでしたが、先日イオンモールで覆面顧客満足度調査が入った時、168テナント中1位になった時はとても嬉しかったですね。
――それはすごい!接客マナーとか厳しく教えられたんでしょうか?
温井:そこは店長に完全に任せていましたので彼女のおかげですね。私からは接客マナーは特に教えていないのですが、お店で取り扱う一つひとつの商品にまつわる感動のストーリーを、いつも熱く語っていました。
地上げ屋と戦ったから生まれた商品、カンボジアのキャッサバを守りたくて生まれた商品……。「AMAZING CAMBODIA」で扱う商品には一つひとつに、作り手の誇るべきストーリーがあります。
――カンボジアは世界中から支援を受けている国ですが、「可哀想」だからと同情して商品を買うのではなく、いいものだから買ってもらいたいのだという温井さんの熱い気持ちが、スタッフの皆さんの接客にも自然に出てきたのかもしれませんね。温井さんの真っすぐな情熱を見ていると、どんな道を辿っても成功された方だろうなと思うのですが、温井さんの人生にとって「夢アワード」というのはどんな位置づけになるのでしょう?
温井:夢アワードがなければ、今の私はありませんでした。
――夢アワードのインタビューだからってお気を使わずに。
温井:本当に。夢アワードがなければ今の自分はないと言い切れます。夢アワードに出ていなければ、イオンモールの中という一等地にお店を構えることはできませんでした。命運を分けたのは出店した場所だったと思います。
渡邉美樹さんから「店を出すなら路面店に出しちゃダメだ。出すならイオンモールだ」と言われて、翌日にはイオンモールから「温井さんの場所を確保しました」と連絡がきたんです。
お世話になっている方からも、「素人がイオンモールに出せるなんて好条件は絶対にないから、そのチケットを手放しちゃダメだ」と言われました。
撤退するかどうかの窮地を救ってくれたのも、渡邉美樹さんのたった一言なんです。「チェーンストアマネジメントの原理原則を学べ」と。
あの言葉で原理原則を学ばなければ、今頃どうなっていたんだろう。夢アワードに出ていなかったらどうなっていたんだろう。渡邉美樹さんと出会うこともなくて、お店は出していただろうけど、小さく始めて小さく撤退していた気がします。
――夢アワード事務局の皆様が温井さんの言葉に喜んでいる姿が目に浮かぶようです。最後に、温井さんが思う夢を叶えるために必要なことってなんでしょうか?
温井:よく「諦めないこと」という言葉を聞きますが、諦めないことは危険だなと思います。正しければいいのだけれど、方向が間違っているまま諦めないでいるのは良くないなと。
なので、夢を叶えるために必要なことって、「メンターを間違えないこと」に尽きるのではないかと思います。
私がここまで来れたのは、何人かのメンターの存在のおかげです。特にあのタイミングで渡邉美樹さんというメンターに出会えてアドバイスをもらえたことがとても大きいなと思います。
温井和佳奈(ぬくい・わかな)さん:
ボストン大学卒業、Webデザイン会社を12年経営後、女性が夢をかなえ自立することを願いドリーム・ガールズ・デザインコンテストをカンボジアで2010年から毎年主催。 2014年Blooming Life International Co., Ltd.を設立。イオンモールプノンペンにWakaNa(現在の店名:AMAZING CAMBODIA)をオープン。「素晴らしきカンボジア」をテーマに世界に誇れるメイドインカンボジア商品を販売。ものづくりをする農場やファクトリーに実際に訪問し、商品が生まれる感動のストーリーを取材し、世界へ発信。またコンテスト受賞作のデザインをお土産のラベルなどに採用することで販売強化につなげていくなど、現地の人々や企業と共に成長するお店を目指す。
社会活動:NPO法人DREAM GIRLS Project (ドリーム・ガールズ・プロジェクト)主催。アジアの女性が自分のやりたい職業で自己実現ができるチャンスを創り、成功していく女性をプロデュースするプロジェクト。詳細はこちら