児童書を電子化し、障がいのある子どもたちへ読書支援を進めている伊藤忠記念財団は、鳥取県立図書館と協力して、新しいプログラムを開始した。それは、日本各地に伝わる昔話の作品化で、鳥取版として同県東部に伝わる昔話『因幡の白うさぎ』を電子化した。地元高校の美術部が挿絵を描き、音訳者が方言で読み上げている。鳥取県立図書館に勤める小林隆志・支援協力課課長は、「本来、誰しもに知る権利はある。障がいがある人たちにも情報提供することは公共図書館の義務」と話す。(オルタナS副編集長=池田 真隆)
伊藤忠記念財団が制作している電子図書は、マルチメディアDAISY規格。パソコンなどの端末上に取り入れることで、文字の拡大機能と、肉声での読み上げがついているので、紙の本では読むことが困難な人でも、読書を楽しむことができるものだ。
2011年から毎年全国の特別支援学校や図書館などの施設にこの電子図書の寄贈を開始し、今年度は全国約900カ所に配布している。これまでに配布した作品は、主に有名な童話で200ほど。
同財団は文化庁長官の指定団体になっており、障がいのある人へ提供することが目的であれば、著作権者の許諾を得ずに、作品の電子化などが認められている。また、障がいのある人たちの読書環境を向上させるためには、当事者へ作品を配布するだけではなく、健常者にマルチメディアDAISY図書に触れてもらうことも有効と考えている。
そのためにオリジナル作品作りにも取り組んでいる。昔話の企画はこの一端である。
伊藤忠記念財団の電子図書普及事業部長の矢部剛さんは、この企画を始めた理由をこう説明する。例えば外国籍の子どもたちは、日本語が読めなくても障がいが原因ではないので、市販されている本を電子化した作品は利用することを認められていない。マルチメディアDAISYは、外国籍の子どもにとっても日本語を学ぶツールとなる上に、昔話を通し、日本へ親しみを持ってもらえるのではないか。旅行が困難な障がい者には、地方の文化をその地方の言葉で触れることができる作品は、魅力的なコンテンツになる。様々な立場の人にとって有効となると考えた。
この企画の第一弾として、鳥取県立図書館に協力を依頼した。話を引き受けたのは、同館の支援協力課課長小林隆志さん。小林さんは、視力を失った人が録音図書を使って本を読めたことで、「生きるのが楽しくなった」という声を聞いていた。そのため、電子図書の意義は理解しており、すぐに実行に取り掛かった。
電子図書にする昔話は、『因幡の白うさぎ』に決めて、文章は同館の職員が担当し、絵は地元の米子西高校の美術部の生徒に依頼した。また、県立図書館のボランティアが、方言で読み上げを行った。
鳥取県立図書館では、マルチメディアDAISY製作は初めての試みだったが、因幡の白うさぎは1年で完成した。小林さんは、「協力してくれた高校生たちが意欲的で、1カ月たたないうちに絵を描いてくれた。かかわってくれる人が増えるほど、広く伝わる」と話す。
マルチメディアDAISYのことを特に知ってほしいのは、「特別支援学校と小学校の先生たち」と言う。「このような電子図書があるということを先生たちが知れば、これまで読書を諦めていた子どもたちに薦めてもらうことができる。図書館に所蔵してあるので、読みに困難がある子どもたちへも、読む喜びを味わうことを提供できる」。
小林さんは、「図書館が変われば日本が変わる」を信条にする図書館員。2016年4月に障害者差別解消法が施行されるが、「これは図書館サービスを見直すいい機会」ととらえる。そう言い切る理由は、「障がい者だけでなく、普段から図書館を利用していない人にも図書館ができることを、改めて伝えられる機会となるから」と話す。
しかし、最も大切なことは、広報よりも先に、「一人ひとりに合った環境を整えること」と指摘する。「公共図書館は、利用者一人ひとりに合った対応が求められる。これは日本中で出版している本を買えば済むという話ではない。利用者の要望や困りごとを聞き取り、それに応える努力が求められる」。
小林さんが指摘したように、「一人ひとりに合った対応」が求められていくなかで、マルチメディアDAISYは読書が困難な人にも対応できる技術だ。矢部さんは、地域につたわる昔話を、その地域の方言で、電子図書化するこの取り組みについて、「マルチメディアDAISYは便利だが、まだ新しい規格で周知はこれからだ。財団と図書館が合同で製作することで、図書館員に規格の優れた点をより知ってもらい、障がいのある子どもたちへの周知につなげたい。そのために、全国47都道府県で行いたい」と目標を立てる。
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