「五島には良い素材がたくさんある。けれど、現地の人たちにとっては当たり前の環境。この島の良さを再認識してほしい」――。神奈川から長崎県五島市福江島に移住し、昨年の夏から図書館「さんごさん」の館長を務める大島健太さんはこう話す。(武蔵大学松本ゼミ支局=松澤 美萌・武蔵大学社会学部メディア社会学科松本ゼミ2年)
大島さんは美術大学を卒業後、美術予備校で講師として働いていた。休日には映画館や美術館に足を運び、買い物を楽しむような生活を送った。東京での暮らしは何不自由なかった。充実した生活を送る一方で、これからの生き方について疑問を抱いていた。そんな折、予備校時代の友人である大来さんから、五島に図書館のような施設を作りたいという話を聞かされる。
当時の大島さんは、仕事を辞めて、貯めたお金で海外旅行に出掛け、無職生活を謳歌していた。そのため、大来さんからの施設の管理人が必要だという話も、まじめに受け取ってはいなかった。
貯金も底をつき始め、仕事を探さなければいけない時期が来た時、再び大来さんから管理人をやってほしいという話を持ち掛けられた。2016 年の夏頃のことだ。この話を改めて聞いたとき、五島に移住することを決めた。
「30代後半になって、消費よりも自己投資にお金を費やそうと思いました。自己投資はすぐにはお金にならないかもしれない、でも自分の経験値にはなる」 と移住を決めた心境を語る。
さんごさんの主な利用者は小学生や中高生が主だ。月に1度の本の移動販売、クリスマスリース作りやそば打ちなどのイベントを不定期で行っている。
「期待しているよ、という声もあるのですが、島の何かを変えようという意識はありません。さんごさんという場所を地元の人がうまく利用してくれればいいなと思う」
取材中、「さんごさんは実験的な施設」だと大島さんは繰り返し言っていた。地域起こしという大義名分を背負ってやっているつもりはない。さんごさんが地域の人と関わっていく中で、どんな場所になっていくのか見てみたい、と。
さんごさんの入口をくぐり、まず目に飛び込んでくる本棚には、漫画やエッセイ、絵本などが何の気なしに飾られている。日本中から届いた、「人生の3冊」だ。さんごさんで利用する本を集めるため、人生のバイブルといえる本を1人3冊募集している。
ホームページで募集をかけ、現在70冊弱が集まっている。私も今まで読んだ本の中から選りすぐりの3冊を送ろうと考えている。私に感銘を与えてくれた本たちがどんな人の手に渡り、どんな表情で読んでくれるのか、想像するだけでわくわくする。
最後に大島さんはこう語っていた。「さんごさんを利用している子供たちが大きくなって、さんごさんのことをふと思い出してくれる、そんな場所でありたいです」 。
五日間の滞在でいくつかのNPO団体を取材し、どの人も口を揃えて言っていたのは、若い人たちが島を出てしまうということだった。私も長野県の田舎で生まれ育ち、大学進学を機に憧れていた東京に引っ越してきた。しかし東京に住んでみると、離れたからこそ分かる地元の良さを実感する毎日だ。
海の匂いと海風が心地良い町、福江島。東京では感じることのできない海との近さに、車で町を走っているとき、窓を閉め切っておくには勿体なかった。数時間前までいた、ビルや高層マンションが立ち並ぶ東京の風景とは一変し、目に入ってくるのは海と山だけ。車も人通りもほとんどない。時間の流れがゆったりと感じられるような、穏やかな場所だ。
初めて訪れた私も、帰りのフェリーに乗るときは名残惜しい気持ちだった。島を出ていく人たちにとって、この五島がいつでも気軽に帰って来られる場所であってほしいと願う。
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