待機児童問題が深刻となっている東京で、新人保育士が感じやすい「理想と現実のギャップ」を解消し、早期離職を防止しようとする新たな試みが始まった。その名も「ムビゲーション」。主観カメラによる映像を使った研修プログラムだ。画面越しに話しかけられたり、挨拶をされたりと、あたかも自分自身がその場にいるような感覚を得ながら、保育士の現場での対応力を高めていく。(オルタナS関西支局=立藤 慶子)

9月22日、同法人が運営する、東京都江東区の保育園で開かれた研修風景。
ムビゲーションが始まると新人保育士の表情が険しくなり、疑似体験できる映像の効果がはっきりと見てとれた

このプログラムを開発したのは、関東圏を中心に27の保育園を運営する社会福祉法人高砂福祉会(千葉県流山市)。待機児童問題については、保育園の不足だけでなく、保育士不足も大きな課題だ。厚生労働省の検討会が2015年11月に出した報告書「保育士等における現状」によると、2015年1月の有効求人倍率は、東京都で5倍を超える。

保育士資格を持ちながら保育の仕事に就かない「潜在保育士」も多い。東京都福祉保健局が2013年に実施した調査「東京都保育士実態調査報告書」によると、現在就業中の保育士の約2割が「離職を考えている」と回答。

20代保育士の退職意向理由には、「給料が安い」のほか、「仕事量が多い」「職場の人間関係」「保護者対応」「職業適性に対する不安」が挙げられている。

高砂福祉会本部マネジャーの篠塚さん。職員研修・採用を担当する

こうした現状を「ひしひしと感じていた」と話すのが、高砂福祉会本部マネジャーの篠塚雅弘氏だ。

「新人保育士のほとんどが、子どもと接することが好きで、あこがれの職業として保育士を選んでいる」としながら、「保育の現場は、子どもの心や体の成長を見守るだけでなく、日々の会議や事務仕事、行事の準備、保護者からの多岐にわたるニーズ対応など、幅広い対応力が求められる。しかも、新人として配属されたその日から、自立した判断や難しい保護者対応に直面する。学校や保育実習で子どもの発達やケアについて学んでも、現場で求められることの多さに疲弊し、職業適性に疑問を感じて離職する保育士も出てくる。その状況をなんとか変えたい」

そこで同法人が今年度、新たな取り組みとして始めたのが、就職情報サービスのマイナビが提供する「ムビゲーション」を活用した研修プログラムだ。

ムビゲーションとは、リアルな職場環境を「主観カメラ」による映像で再現したもの。受講者はストーリーの主人公となり、登場人物から画面越しに話しかけられたり、挨拶をされたりと、あたかも自分自身がその場にいるような感覚を体験できる。

映像の合間に、受講者は映像から発令される課題をチームで処理したり、ディスカッションをしたりすることで学びを深めていく。

高砂福祉会では、新人保育士の課題である保護者対応や、社会人として身に付けておきたい「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」をテーマにしたムビゲーションを、マイナビとともに開発。映像は実際の職場である保育園で撮影した。

保護者対応の映像シナリオは、先輩保育士とともに園児のお迎え対応をしている際、保護者から厳しい意見をいただくが、先輩保育士では対応できず園長が対応して解決にいたるというもの。

9月22日に実施した初回研修では、今年新卒入社した18名の保育士が受講。映像の合間に、「先輩保育士の対応の何が問題か」「クレームにいたる保護者の心理を考える」といったディスカッションを行い、対応の基本姿勢などを学んだ。

研修を受けた入社1年目の保育士、都築美裕(つづき・みゆ)さんは、「保護者の方は社会人としても先輩なので、保護者対応は最も緊張する仕事。でも、映像で厳しいご意見をいただく場面をリアルに体感し、仲間と意見交換できたことで、不安感が減った」と話した。

同会では今後、「職場の人間関係」をテーマにしたムビゲーションも新たに開発するという。働く女性が増える中、保育ニーズは日々多様化・複雑化している。同会の取り組む意義は大きい。加えて、社会としても保育現場を支える仕組みが必要だ。



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