「困っている人を助けたい」――社会課題の現場を見たときに、そう思ってしまう理由は何か。国際協力に取り組む一人の大学生は活動しながらその問いに向き合っている。支援活動への考えを寄稿してもらった。

今回、寄稿してもらったのは、中央大学経済学部3年山﨑ゼミの山之内春渚さん。発展途上国などで住居支援を行う国際NGO団体Habitat for Humanity(以下、Habitat)の中央大学支部に所属している。団体の名称は、中央大学海外住居建築ボランティアサークルC-Habitat。

このたび、同団体の学生がインド・ポンディシェリーへ派遣され、豪雨災害に遭ったイルラ村の生活支援を行った。山之内さんは派遣されたグループ(名称:どんぐりGV)のリーダーを務めた。寄稿文は下記。

イルラ村は22世帯からなる小さな村で、2015年に起きた豪雨災害によって多数の家屋が倒壊する深刻な被害に見舞われた。その後、Habitatは安全な住居を建築するという支援を無償で(Habitatは一部ローン返済の原則だが、災害の場合は無償で支援を行う場合がある)行っている。

イルラ村の人々は元来、森の中で暮らし、蛇狩りで生計を立てていたが、蛇狩りが法律によって禁止され街へ出ることを余儀なくされた。彼らはインドのカースト制度の最下層であるシュードラよりもさらに下、つまりアウトカーストにあたる民族であったために迫害を受け、安全な住居、正当な賃金・教育を受けられなかったこともあり、土と藁で作られる住居(写真1)しか建てることできなかった。こうした社会背景も豪雨災害の被害を拡大させる要因となった。

<写真1>土と藁で作られた住居

現在彼らは災害後政府から土地を得て、藁の屋根、土の壁の住居を建築し居住をしている。だが、彼らにとってここは安全に暮らせる家とは言えない。暗くて狭いだけではなく、雨が降れば室内に浸水し、動物が入って来るかもしれない恐怖と戦う。

子どもは眠れず、親はそのような子どもが心配で、出稼ぎに行けないという現状がある。このような生活環境はインドの一般的なものから50年も遅れた生活であるという。

豪雨災害前と一つ違うのは、彼らが住む家の隣で日本の学生が、村に住む22世帯の住人が安全・安心に居住できるようにコンクリート造りの家の建築に関わっていることだ。すでに、支援がはじまってから16軒の家が建築されており、22軒すべてが完成してから村の住民は新居へと移り住む予定になっている。(写真2)

<写真2>建築途中の家

その一環でどんぐりGVが行った作業の中心は、壁のペイントだった。私たちはレンガを積み上げたり、セメントを運んだりという、力の必要な建築作業を考えていた。実際は、それとは程遠いものだった。

力仕事なら彼らの負担を軽減できるはずだが、ペイントは現地の住民が疲れる作業ではない。「自分たちは役に立っているのか、住民が作業を進める方が数倍速く完成する中、私たちはどう思われているのか」とたくさんの疑問が浮かんだという。

そういった想いと対峙するためイルラ村の人々とコミュニケーションを取ることで、現地に少しでも何かを残そうとした。

私たちが、支援した家のひとつであるホームオーナーのマリアンマさんにインタビューをしてみた。現地の人々よりも作業が遅い私たちをどう思っているのかという問いに、「自分にとって一番大切な家族を守るための家を、遠くから来て作ってくれて誇りに思っている」と答えてくれた。

支援先のイルラ村

そしてマリアンマさんは私たちに、「なぜこんな暑い所まで来て、私たちを助けてくれるのか」と問いかけてくれた。これに対して咄嗟にメンバーの一人が、「自分たちは裕福な生活をしていて、大変な生活をしている人達を助けたいから」と答えようとした。

決して間違った回答ではない。しかし、現地の人に寄り添おうとしてきた私たちにとって、「先進国」的で「上から目線」な考えを持ち続けていることにショックを受けた。国際協力をしたいという想いを活動へと変化させる志は、立派だが、そのモチベーションはなにか。困っている人を助けたい、救ってあげたいといった想いの本質はなんであろうかと考えさせられた。

まだ私たちは、「自分たちが支援を行った真意」を見出せていない。無責任かもしれないが見出すことができるかもわからない。解決していないことも含め、見て考えたことを伝えそしてなにかを感じてもらうことが、私たちがイルラ村にできる唯一のことではないかとメンバーは語った。


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