タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆若竹再会

その年も終わりに近づく頃、末広と啓介が大手町の若竹にいた。震災で父母を無くした店主と妹が依然行方不明のお上さんは、傷心のなかから再び店を回転させていたのだ。
震災から9か月が経っていた。

福島の食材を誇りに営業して来た店の仕入れは、東京から西の方からになってしまって、店の売り文句は津波と共に流され、放射能によって汚されてしまった。
「大変だったねえ」と末広が労うと、「みんななくなってしまいました。家も人も、、、、」と店主が肩を落として言った。するとお上さんが苦笑しながら
「でも保証金はずいぶん入って来ます」と言った。
「でも、商売はあがったりです」と店主が言った。「店のイメージが落ちてしまって」
「でも、生活が安定したのですから、その点はいいですよね」と啓介は言ってから、しまったと思った。
俺はなんでいつもこうなんだ、と心の中で叫んだ。

しかし店主は嫌な顔もせず「そうなんですよ。こいつと二人でこんなちっぽけな店を開いたのも、偉そうには色々言いますが、儲けて生活が楽になりたいとの一心だけだったんですからね」
「ごめんなさい」と啓介が言うと「いいですよ。その通りなんですよ。誰だって生活のための仕事ですから」と店主は言ってから「でもね、不思議なことに、人間ってやつは、いえ、私たちだけかもしれませんが、仕事をしたいものなんですねえ。それで学問もない私たちはこんなことをやるしかないんですよ。仕事なんかやめて遊んでいればとも思うんですが、どうも貧乏性なんで、、、」
「まともな人間はそう考えるのかねえ」と末広がしみじみ言うと店の引き戸が開いて片桐が入ってきた。
「遅くなってすみません」
片桐が桃山を末広と啓介に紹介すると、桃山が初めましての挨拶もそこそこに、注がれたビールを飲み干してから「杉山さんの件調査結果を報告します」と言った。
身を乗り出す末広と啓介に向って、桃山が切り出した。

「拍子抜けするんですが、本山氏の杉山さんの件には政治的な圧力の影は見えません」
「ではなんで杉山さんが意地悪をされ続けるんですか?」と末広が尋ねた。
桃山が言った。「給料が決まって、自分の出世の限界も見えてきた毎日の地方公務員の生活は保身だけですよ」
「それはそうとして、それと意地悪とどう関係する?」と末広が尋ねた。
「人間ってやつは何かやりたいんですよ」と片桐が言った。
「ここの親父さんは保証金があっても働きたい。生活が安定している地方公務員もなにかやりたいのですよ。若竹の親父さんは料理が出来る。地方公務員は許認可が出来る」
「料理と許認可とはどう関係するって言うんだ」末広が言った。

「ここの親父さんだって、嫌な客には来てほしくないですよね」片桐が答える。
「許認可とどう関係するんだ」
「許認可権を持つ者だって、嫌な申請者を玄関払いしたくなるんじゃないですかね」
「プライベートな人間をパブリックな人間と一緒にしちゃあならねえぜ」
「でも人間なんですよ」と桃山が口を挟んだ。
「ねんでえ」と末広が目を向くと片桐が「社長みたいにストレートな人間ってそうはいないですよ」と言った。
「でも公務員の倫理には背いているよな」

「でも古い小さな村組織みたいなところでは、忖度は有っても倫理はないですよ」と桃山が言った。
「ハッキリと誰かが誰かを苛めてるとわかると、それを諭すどころか自分もそのいじめの輪に入るんですよ」
「だからなぜ杉山さんがいじめられるんですか?あんな優しい人が」と啓介が言うと桃山が言った。「私は農民新聞の記者ですよ。農家とか農業委員会とか県の農業指導員とかの心理はよくわかっています」

この続きは7月23日(月)に更新予定です