完全な真っ暗闇の中を、視覚障がいの人のアテンドのもとで探検するエンターテインメント、ダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下、DID)。大阪会場「対話のある家」では、7月5日から夏休み限定プログラム「僕たちの夏休み」が開催されている。私たちは「見る」ことを失った時、視覚以外の感覚から何を気づくのか?「純度100%の暗闇」空間に足を運んだ。(オルタナS関西支局=立藤 慶子)

大阪会場「対話のある家」は、積水ハウスとダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパンの共創プログラムとして実施されている。写真は夏のプログラムのイメージ写真。DID公式サイトより借用

「わあ、人影さえ見えない!」。アテンドの方が明かりをオフにすると、参加者から不安と緊張の混じりあったような声があがった。先ほどまで見えていた隣の人の顔が全く見えない。目を開けても閉じても、あるのは完全な「闇」のみだ。

1988年、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれたDIDは、これまで世界41ヵ国以上で開催されている暗闇のソーシャル・エンターテインメントだ。参加者は6〜8人(大阪会場では6人)のグループを組んで中に入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障がい者)の案内を受け、様々なシーンを体験する。

日本では1999年11月の初開催以降、これまで20万人以上が体験してきた。昨年、東京・外苑前会場が移転し企業研修をメインに行っているため、大阪の「対話のある家」が、一般体験できる国内唯一の会場となっている。

中は完全な暗闇空間。本当に何も見えない

筆者がDIDを体験するのは今回で3回目。季節に応じてプログラム内容が変わるうえ、毎回まったく初対面の人とグループを組むので、得られる気づきが異なるのが魅力だ。今回ご一緒したのは、小学校5年生の男児とそのご家族、中学3年生の女子とそのお母さんだ。

真っ暗になった後は、アテンドの案内のもと、大阪会場で「家」と呼んでいる暗闇空間に入る。そう。大阪会場は、世界で唯一「家・家族」をテーマにしたDIDなのが特色だ。

この日、家の中に用意されていたのは、おじいちゃんの家にあるような懐かしい夏のアイテム。
「わぁ、これ何?」「冷たい!」「遊んでいい?」「いいよー」
「●●さん、どこにいますか?」
「なんかいい匂いしてきた!」
真っ暗だから、人の声だけが頼りだ。
「こっち、ちょっと段差あります」
「座っていいですか?」「いいですよ」

あれれ、不思議だ。真っ暗になった瞬間、あるのは完全な闇「のみ」と不安に思ったはずなのに、部屋の中はいつしかにぎやかな声で「あふれて」いる。声に出すと必ず反応が返ってくるというありがたさと、頼りになるアテンドの声かけのおかげで、不思議と落ち着いている自分がいる。しまいには「見られない」ことをいいことに、畳に足を投げ出して座り、参加者の声のトーンの違いを楽しんでみたり。

この日いちばんおしゃべりだったのは、小学5年生のYくんだ。暗闇になった瞬間は「お母さん、どこ?」とお母さん探しをしていたのに、すぐにアテンドと仲良くなり、みんなでお茶を飲む頃にはすっかり饒舌(じょうぜつ)に。愛知県で家族と過ごす「夏休みの自慢話」を次々と語ってくれた(愛知県からわざわざこのDID体験のために来られたそう!)。

終了後、Yくんのお母さんがこう話していた。「学校や外では無口な息子が、積極的に体験したり話したりしていて、驚きました」。お父さんも「怖がるのではないかと不安に思っていたが、違う息子を見られて新鮮だった」。

DIDを運営する一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表理事・志村季世恵さんによると、ヨーロッパ、イスラエル、アジア各国ではDIDが課外授業に取り入れられ、多くの子どもたちが体験する仕組みができているそうだ。なんと、「日本以外では、世界のDID参加者の6割が子どもたち」という。

「子どもたちがDIDを体験すると、驚くことが起こります。内気な子が積極的になったり、いじめられっ子がいじめっ子の手を引いてサポートしたり、お母さんも先生も、今までまったく知らなかった、たくましくて優しい姿がそこにはあります」(志村さん)。

一緒に参加した中学生のTさんは、こうも話してくれた。

「周りの方とたくさんコミュニケーションをとることで、絆が深まることがわかりました」。

普段「見えている」と、私たちは声をあげにくい。困ったことがあってもなんとか一人で解決しようとする。でも、暗闇の中では声だけが頼りだ。「ここにいます」「〇〇が欲しい」。その声に応えてくれる人がいるから、怖かった暗闇がいつしか落ち着く場所に変わっている。声をあげにくい世の中で感じる、人の声の温かさ、ありがたさ。

この不思議な感覚を、ぜひ一度でも体験して感じてほしい。夏休みのプログラムは、8月27日(月)まで。期間中の土、日、月曜日(8月12日を除く)はアテンドによる点字教室も行われる(詳細は積水ハウス住ムフムラボのサイトで確認を:http://www.sumufumulab.jp/did/)。親子でコミュニケーションを深められ、点字体験もできる企画。特別な夏の思い出をつくってほしい。


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