かつて「平均寿命が短い」と言われていたダウン症。医療の進化に伴い、過去90年の間にダウン症の平均寿命は6倍となりました。健康で長生きするダウン症のある人が増えている一方で、ダウン症のある人が地域の一員として受け入れられる社会をつくっていくことが求められています。兵庫県淡路市で、ダウン症のある娘と共に、小中高生を対象に「命の大切さ」を伝え続ける一人の母親に話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)
ダウン症の娘と共に「命の授業」を実施
兵庫県淡路市に住む片岡加奈子(かたおか・かなこ)さん(47)。ダウン症のある娘の來紀(らき)ちゃん(6)と共に、市内の小中高を訪れ、「命の授業」と呼ばれる授業を実施しています。
「『命の授業』は、地元のお母さんと小さな子どもたちと一緒に小学校や中学・高校を訪れ、支え合う幸せ・学び合う心をテーマとして生徒たちに命の大切さを感じてもらう授業です」
「第一部と第二部に分かれていて、第一部では親子一組に対して生徒が4〜5人ついて、赤ちゃんと実際に触れ合い、お母さんに持参してもらったへその緒とそれぞれの物語を通じて『一人ひとりの命、そしてあなたの命は、尊いものなんだよ』ということを感じてもらいます。第二部では、娘の來紀ちゃんの話をしています。『障害のあるなしに関わらず命は等しく尊く、皆大事にされる存在なんだ』ということを感じてもらえたらと思っています」
授業と共に届ける「ラッキーアイテム」
「授業では、オリジナルの『ラッキーアイテム』を生徒たち一人にお届けさせていただいてます」と片岡さん。
「ダウン症は、ご存知のように23ある染色体のうち21番目が通常より1本多い3本あることから発症します。この1本から着想を得て、1本の毛糸を進化させていろんなアイテムを作っています。世間から見たら『かわいそう』とか『不幸』と言われる1本かもしれません。でも、捉え方次第で、この1本は幸せの1本にもなるんです」
「娘の來紀が生まれた時、中学校に上がったばかりの長女は『1本多くてラッキーの來紀ちゃんやで』と励ましてくれました。柔道をしていた高校生の長男は『來紀ちゃんの1本は”一本勝ち“の1本や!』と声をかけてくれました。この1本を前向きに受け入れたことで『なぜ1本多いのか』と悩むのではなく、もしかしたら私が1本少ないのかもしれない、と思うようになりました」
「物事は、捉え方次第でつらくもなるし、幸せにもなる。『命の授業』を受ける生徒さん一人ひとりが、この先の人生で困難にぶつかった時、自らを信じ、自分の力で道を切り拓いてほしい。そんな思いを込めて『ラッキーアイテム』を手渡しています」
「えらいこっちゃ」、行動を起こすことで見えてきた地域の実情
今は授業のために各地を訪れる片岡さん親子ですが、活動を始めるまでには、乗り越えなければならない大きな壁がありました。
「障がいや人と違うということを理由に仲間外れにされたりいじめられたりするのではなく、障がいのある人もない人も、自分らしいありのままの姿が受け入れられる地域をつくっていかなければならない」と地域を変える必要性を感じた片岡さん。
最初は地元の学校を訪れ、「子どもたちに授業をさせてもらえないか」と打診したといいます。しかし、教育現場で働く先生たちから返ってきた言葉は想像を絶するものでした。
「『子どもを見世物にしているのか』『あなたは障がいのある子どもを生んだだけ』『そんな話は支援学級で聞いてもらってください』という心ない反応が返ってきました。『いきなり生徒たちに障害があるといわないで』とも言われました。とても耐えられるものではなかったし、情けなくてつらくて、一人になって涙が止まりませんでした」
「と同時に、大人である先生たちがこのような意識でいるのだとしたら、生徒たちの意識はこの先変わっていかないという危機感も持ちました。行動することで、地域が見えてきたんです。『來紀ちゃんは住む地域はえらいこっちゃ。大変なところに住んでいるな』と感じました」
今つらい思いをしてでも、課題に立ち向かいたい
その後、淡路市長に働きかけ、市内の学校で授業する機会を得た片岡さん。
今では、授業を受けた生徒たちから「人より多い染色体を前向きに考えていることがすごいと思った。自分も前向きになれた」「生きている限り何かが多くて何かが少なくても、命が存在していることには違いないんだと改めて思った」といった声が寄せられ、少しずつ地域が変わってきている実感を得ているといいます。
なぜそこまで頑張ることができたのか。そのモチベーションを伺ってみると、次のような言葉が返ってきました。
「支えてくださるあたたかな人の心と、やはり娘への愛ですね。このままだときっと彼女は地域に受け入れてもらえず、楽しい学校生活を送れず、不登校になってしまう。成人式にも行けないかもしれない。そうではなくて、彼女も楽しく学校へ通い、楽しい人生を送ってほしい。そう思うからです」
「支援学校に通ったら、学校へ通っている間は守られ、親も子どもも傷つくことは少ないかもしれません。しかし、相模原の障害者施設殺傷事件があったように、障がいのある人が迷惑な存在だと言われてしまうのであれば、今つらい思いをしてでも、社会に揉まれながら課題に立ち向かっていきたいという思いがあります」
「ダウン症でつらいね」「残念やね」…心ない言葉に傷ついた
3日間の陣痛の末、やっと生まれてきたという來紀ちゃん。心臓に疾患があったためNICU(新生児集中治療室)の保育器に入れられ、片岡さんは生まれたばかりの我が子に触れることさえできませんでした。
「『一度抱かせてほしい』と懇願して、保育器に覆いかぶさるようにして離れられないでいたら、精神安定剤を処方される始末でした」と当時を振り返ります。
「先生から『自力でおっぱいを飲むことはできない』とも言われたのですが『ほんまに飲まれへんのやろうか』と…。しばらく経ってから、看護士さんが『抱いてみますか』と言ってくださって。恐る恐る抱いて、おっぱいを飲ませてみたんです。そうしたら、力は弱かったけれど、自分の力でおっぱいを吸い始めました」
「耳も聴こえていないと言われたのですが、お腹の中にいた時に聴かせていた歌を聴かせたら、彼女は反応しました。『耳も聴こえているかもしれない。私が諦めずにがんばれば、この子は自分の力で生きられるのではないか』。そう思いました。『私ががんばってこの子のために道を切り開いていかないと』と思ったんです」
「それよりも、病院から退院してからが大変でした。『ダウン症?つらいね』『残念やね』という周りの反応や、当時、出生前診断の話題が世間をにぎわせていたのもあり、『どうして検査しなかったの?』『なんで産んだの?』という反応。徐々に周囲の人たちと意識のズレが生じ、しばらく家に引きこもるようになってしまいました」
「無駄な命は、一つもない」
そこから、少しずつ娘と社会に出て活動を始めた片岡さん。「ダウン症はハンデかもしれません。できないことが多い命かもしれません。でも、できることもたくさんあります」といいます。
「娘は本当に周囲をよく見ています。共感力があって、誰ともすぐお友達になることができます。授業の最後に手話歌を歌うのですが、先日、教えたわけではないのに娘が手話を覚えていて、生徒さんたちの前で披露してくれたんです。彼女も彼女なりに、社会の中で成長している。無駄な命は一つもありません」
「障害は大変に見えがちですが、不幸ではないと思っています。障害のある人の魅力を知ってそれを引き出そうとしてくれる人が増えると良いなと思うし、一緒に遊んだり、励まし合ったり、刺激し合ったり…同じ目線で接してくれる人が増えたら良いなと思います。そのためには、まずはダウン症のことを知ってもらわなければならないと思っています。時に良い反応もわるい反応もありますが、傷ついても、勇気を持って違う世界に飛び込んでいくことで社会が変わっていくと思っています」
ダウン症のある人が社会に受け入れられるために。「日本ダウン症会議」開催の資金を集めるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「公益財団法人日本ダウン症協会」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×日本ダウン症協会」コラボアイテムを1アイテム買うごとに700円がチャリティーされ、2019年11月に日本ダウン症協会が主催する第2回「日本ダウン症会議」のための資金になります。
「取り巻く状況が大きく変化する中で、『私たちはここにいます、当たりまえに市民として生きることを目指して』というテーマで、ダウン症のある方やその家族、支援に携わる人たち、ダウン症に携わるすべての人たちがこれからのダウン症について考えていく会議です」(日本ダウン症協会理事・水戸川真由美さん)
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、遺伝子の数を示す23の時計が描かれています。その中に、ひとつだけ“3時21分”を指し、秒針まで描かれた時計が。「今この瞬間こそ、かけがえのないもの。一瞬一瞬を見過ごさず、ダウン症のある人と共に充実した時間を共有したい」。そんな思いが込められています。
チャリティーアイテムの販売期間は、2月18日〜2月24日までの1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。
JAMMINの特集ページでは、片岡さんへの詳しいインタビュー記事を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。
・我が子を通じ地域の子どもたちに伝える「命の大切さ」〜公益財団法人日本ダウン症協会
山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は2,900万円を突破しました。