目に見えないだけで、私たちは日々様々な病原体に囲まれて暮らしています。その中には、妊娠中に感染すると子どもに先天的な障がいを与える可能性があるものがあります。「先天性トキソプラズマ症」によって我が子が障がいを持って生まれてきた一人の母親。「知識こそがワクチンになる」と啓発のために立ち上がりました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

先天感染した子をもつ患者家族らと啓発活動

「先天性トキソプラズマ症」「先天性サイトメガロウイルス感染症」の子どもたち

「トキソプラズマ」と「サイトメガロウイルス」という病原体に母子感染した子を持つ家族の会として活動する「トーチの会」。患者家族会としてピアサポートを行う一方で、妊婦や今後妊娠の可能性がある女性をはじめとして、医療関係者や広く一般の人たちにもこの病原体についての正しい知識を提供したいと活動しています。

妊娠中に食べた非加熱の肉料理がきっかけでトキソプラズマに感染したと推測され、子どもが障がいを持って生まれた団体代表の渡邊智美(わたなべ・ともみ)さん(39)。

「トーチの会」代表の渡邊智美さん

「たった一回の自分の不注意な行動が、子どもの一生に影響を与えることになり、一生母親は自責の念で苦しみ続ける。こんな経験を他の人にはさせたくありません。まずはこういった母子感染症があるということを知ることが、予防の第一歩になります。活動を通じて、一人でもこの感染症によって苦しむ人を減らしたい」と話します。

ごくありふれた病原体だが、胎児に障がいを与える可能性がある「トキソプラズマ」

先天性トキソプラズマ症の重症例。「実際はこのような見た目でわかるほどの重症例は少なく、ほとんどが非特異的な症状で気づかれにくいということがあります」(渡邊さん)

「トキソプラズマ」「サイトメガロウイルス」、それぞれ一体どのような病原体なのでしょうか。

「実はトキソプラズマもサイトメガロウイルスも、ごく普通に存在する病原体で、ある調査では、トキソプラズマに関しては日本人の1割ほどが、サイトメガロウイルスは6割以上の人が既に感染し抗体を持っているとされています。トキソプラズマは三日月型をしていて、その先端にある構造物を使って細胞に入り込んでいく、小さな寄生虫です」と渡邊さん。

「人の体内に入ると全身に広がったあと脳や筋肉にシストと呼ばれる殻のようなものを作り慢性感染を起こしますが、健康な人であれば特に症状が出ることはありません。またトキソプラズマの場合、すでにこの病原体を持っている女性が妊娠・出産することも大きな問題とはなりません。問題なのは『妊娠中にこの病原体に初めて感染すること』です」と危険性を指摘します。

「これまでトキソプラズマに感染することなく生きてきた女性が、何かのきっかけで妊娠中に初めてこの病原体に感染した時、母子感染が起き、胎児に流産・死産、水頭症やてんかん、網脈絡膜炎といった脳や眼の障害などをもたらす可能性があります。これが『先天性トキソプラズマ症』です」

感染経路は加熱不足の肉など経口感染が主

トキソプラズマの感染経路。ヒトへの感染経路は感染した肉を食べることと、何かに付着したトキソプラズマを口に入れること。母子感染以外ではヒトからヒトへの感染はない(画像はトーチの会提供)

トキソプラズマはネコのフンに排出されるため、ひと昔前までは「ネコに触れて感染するもの」というイメージが強かったといいますが、「現代は必ずしもそうとはいえない」と渡邊さん。加熱不足の肉などが大きな感染経路となっているといいます。

「近代化に伴って衛生面も進化し、トキソプラズマに感染しているネコの数自体が減っています。それよりも、加熱不足の肉を食べることによる感染のほうが多いです。食生活の変化によって昔と比べて生っぽい肉料理が増えました。お肉の赤みがはっきり見て取れるような加熱不足のレアステーキやローストビーフは一般的ですし、ユッケや肉刺しなど生肉そのものや、生ハムやサラミといった加熱調理をしていない加工品も身近になりました。しかし、こういったものが感染源になり得るのです」

さらには、旅先での食事や外食にも注意が必要だと渡邊さんは指摘します。

「『マタ旅』と呼ばれる妊娠中の旅行が流行っていますが、いつもと異なる環境で普段口にしないものを口にしたり、触れないものに触れたりすることが感染につながる可能性もあります。過去には『旅先で鹿のレアステーキを食べてしまった』という相談が妊婦さんからありました。最近は日本でもジビエが流行っているので、専門のレストランも増えています。ジビエはレアステーキなど生焼けの部分が残った調理法がよく見られますし、野生動物は家畜に比べて育った環境がわからない分、リスクも高くなります」

「あとは、妊娠中に友人の結婚式の披露宴でレアなお肉が出て『周りの雰囲気に飲まれて』『少しなら大丈夫と思って』食べてしまう、という相談もあります。本人も周囲も知識がないばかりに発した『これ美味しいから食べて』という善意の一言と行動が、後々大きな後悔につながる可能性もあるのです」

日本人の半数以上は感染しているとされる「サイトメガロウイルス」

先天性サイトメガロウイルス感染症の重症例。生まれてすぐに見た目で判断できるほどの重症例は少なく、大抵は非特異的な症状や成長してから判明するような障害が多い

もう一つの感染症、「先天性サイトメガロウイルス感染症」はどうなのでしょうか。

「サイトメガロウイルスの母子感染による胎児への影響は、重症の場合、流産や死産があり、また妊婦健診で行われる超音波検査で、胎盤や胎児の発達の異常が観察されることがあります。代表的な症状に難聴があり、しばしば遅発性または進行性になります」

「精神運動発達遅滞、てんかん、視力障害、自閉症なども多いです。先天性サイトメガロウイルス感染症は、先天性トキソプラズマ症と症状は似ている点が多いですが、病原体と感染経路は全く異なります」と渡邊さん。

サイトメガロウイルスの感染経路(画像はトーチの会提供)

「サイトメガロウイルスは、口唇ヘルペスの原因となる単純ヘルペスウイルスや水疱瘡の原因となる水痘ウイルスと同じヒトヘルペスウイルスの仲間です。日本人の半数以上は感染しているとされており、どこにでもいるありふれたウイルスです。感染経路は唾液や尿などといったヒトの体液です」

「性感染もありますが、最も多いと考えられるのは乳幼児からの感染で、妊娠中に上の子を育てるお母さんや、小さな子どもと接する機会が多い保育士さんが妊娠した場合は特に注意が必要。ウイルス感染した子どもの世話をするときに、例えばオムツ替えの時に手におしっこがついたり、子どもの食べ残しを同じスプーンで食べたり、よだれがついたおもちゃに触れた手で口や目に触れる、といったことで感染する可能性があるので、手洗いなどの予防が大事なのです」

知らずに口にした料理によって母子感染。後悔と、活動への思い

出産の翌日、初めて娘を抱く渡邊さん

妊娠中、検診で娘の水頭症が見つかった渡邊さん。その原因として「トキソプラズマに初感染した可能性が高い」といわれたといいます。

「十分に加熱されていない肉が感染経路としてあると知り、過去の日記を見返してみると、妊娠のお祝いで行ったお店でユッケを食べたと記していました。当時はまだ規制されておらず、自由に食べることができたんです」

「最初は受け入れられず、何故こうなったのかと自分を責めました。悩んでも悩んでも答えは出ませんでしたが、私の場合は幸い妊娠中に判明したので『かわいそうな子だと思ったら、生まれてきてもおめでとうと迎えてあげられなくなる』と考え、生まれるまでに気持ちをなんとか切り替えることができました」

「それでも我が子の障害を見るたびに『母子感染』という残酷な事実を思い出し、いつも後悔と自責の念で胸がいっぱいになってしまいます。その苦しい経験を、少しでも建設的に、誰かの役に立てたいという思いが活動のモチベーションにもなっています」

「患者会のお母さんたちからは『知識があればわざわざ生肉を食べなかった』『子どものスプーンから感染するなんて思いもよらなかった』という声が多く聞かれます。何とも感じていなかった、ごく普通の行動が、結果として感染を招き、我が子や家族の運命を変えてしまった。もし知識があれば、未来が変わっていたかもしれない、と」

「知ること」こそワクチン

トーチの会が作成した妊婦向けの啓発パンフレット

トーチの会では、この感染症に関する正しい知識を一人でも多くの人に伝えたいとパンフレットやポスターを作成し、産婦人科や小児科など妊婦や親が多く訪れる場所に配布しているほか、医療関係者や行政へのアプローチにも力を入れています。

「この感染症にはワクチンはありません。知ること、知識こそが何よりのワクチンです。何度か陳情にも訪れていますが、現在も母子手帳や厚生労働省のホームページにも、今のところ妊婦へのトキソプラズマとサイトメガロウイルスに関する注意喚起はありません」

医療関係者にも正しい知識を伝えたいと積極的に学会展示を行っている。写真は2018年8月「日本周産期新生児医学会」にて、団体顧問の長崎大学小児科教授・森内浩幸先生を囲んで

「妊婦さん向けの副読本などの資料に記載している自治体もいくつかあり、そういった地域では妊婦さんたちは知ることができますが、全自治体がそうしているわけではないので、妊婦さんの持つ情報量に地域差が生まれてしまいます」

さらには、患者会で横のつながりができたことにより、二次的な壁も見えてきたといいます。

患者家族の交流会の様子。「当事者にしかわからない苦労や経験を、当事者仲間と話すことで孤独感から救われ、いろいろな話を聞くことで希望を持つことができます」(渡邊さん)

「『先天性』や『感染症』という名前がついているだけで、役所や園側が『何が起きるかわからない』と子どもの幼稚園や保育園の入園を拒否するケースがあります。入園までに一年を要したケースや、入園後に隔離保育されていた子どももいました。これも、正しくこの病気が理解されていないがゆえに起きる現実です」

「なってしまったことは変えられません。でも、後ろを向くのではなく、当事者として経験を発信していくことが、これから生まれてくる命を知識で守り、同時に、既に存在する患者たちが差別されることなく生きやすい世の中にしていくためには必要なことだと信じています」

啓発活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「トーチの会」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×トーチの会」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、感染症啓発のためのパンフレットやポスターを各地に届けるための資金となります。

「JAMMIN×トーチの会」10/21~10/27の1週間限定販売のチャリティーTシャツ(税込3500円、700円のチャリティー込)。Tシャツのカラーは全11色、チャリティーアイテムはその他バッグやパーカー、スウェットも

JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、「トキソプラズマ」を表す三日月と「サイトメガロウイルス」を表すフクロウ(の目)と正二十面体。同時に、月明かりの中を導くフクロウのように、トーチの会の活動を通じて正しい知識が広がっていく様子を表現しました。

チャリティーアイテムの販売期間は、10月21日~10月27日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

「知識こそワクチン」。母子感染により胎児に影響を与える感染症、正しい知識で予防して〜トーチの会

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,500万円を突破しました。

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