「アートはトップ0.1%の人たちで成り立っている市場であったが、インターネットによってこの状況を変えていける」――アート市場を活性化するためのカギについて話し合う対談イベントが行われた。登壇したのは2人のキーパーソン。一人は「マイクロパトロネージュ」と呼ばれる個人によるアート支援を促進し、もう一人はブロックチェーンなどの技術による支援を行う。アートへのアプローチが異なる二人の視点が交差した、刺激的な対談内容をお届けします。(寄稿=武井 朋美)

登壇者の遠山正道・スマイルズ社長(中央)、施井泰平・スタートバーン代表(左端)、モデレーターは矢代真也 ・飛ぶ教室(右端)が務めた

アートとお金の新しい関係─マイクロパトロネージュとブロックチェーンの共通項
SCOPE 「UNTOUCHED──お金(の未来)を手さぐる」イベントレポート

2019年12月13日〜15日、heyとCANTEENが「お金」の今とこれからを考えるイベント、SCOPE 「UNTOUCHED──お金(の未来)を手さぐる」を、表参道 BA-TSU ART GALLERYで開催

1日目ラストの回に登壇したのは、アーティスト支援アプリ「ArtSticker」や “アートと個人の関係を、テクノロジーで変革する”「The Chain Museum」共同設立者の、スマイルズ代表 遠山正道さん。

お相手は自身も美術家であり、アート流通・評価のインフラとなる「Art Blockchain Network」の構築を進め、ブロックチェーンを主軸に事業を展開するStartbahn代表 施井泰平さんの対談です。編集者の矢代真也さんがモデレーターとなり、約1時間のセッションが行われました。

モデレーターを務めた矢代真也さん

矢代:今回イベントのテーマにもなっているアートとお金への関わり方や、それらに関するお二方の事業について、改めてご紹介いただけますか。

遠山:私はスマイルズを始める前、長年サラリーマンをやっていました。ある時、出来上がっている物を横に流すだけじゃなくて、自分で世の中に無いものを作ってみたくなったのが起業のきっかけで、それが33歳という歳でした。自分として初めての表現、意思表示だったと思います。

それからは、誰にも頼まれていないことをやり続けて、スマイルズはもうすぐ20年を迎えます。会社とアートの関わりで言うと数年前に、持続可能性のあるアート活動がしたいと思い、檸檬ホテルという宿泊施設をスマイルズの“一作品”として発表しました。

そこで固まったのが、スマイルズの作家としてのコンテクストはビジネスだということ。それからもっともっとビジネスを使ってアートをやりたいなと考えたときに、Soup Stock Tokyo‎が目についたんです。“チェーン店”と“アート”って一見相容れないものだけど、掛け合わせたら面白いかなと…そこで“The Chain Museum”が生まれました。

The Chain Museum…「ビジネスとテクノロジーを掛け合わせてアートと個人の関係を変革させ、アートを更に自律したもの、自由なものにしていく」ことを目的として、アーティスト支援プラットフォーム「ArtSticker」を運営するPLATFORM事業の他、世界中に小さくユニークなミュージアムを展開させるMUSEUM事業、場所や施設ごとにアートをキュレーションするCONSULTING事業の3つの事業を展開している。

遠山:インターネット上のアートプラットフォームとして、個人がアーティストを直接、簡単にサポートできる“ArtSticker”も生まれました。音楽だってメジャーやインディーズがあっていいように、アートももっと身軽に、現代の感覚を持ちながら、楽しめるフィールドがあっていいじゃないかと。タキシードにシャンパンじゃなくてもアートを楽しめる場所ができたらいいなと願って考案しました。

また僕が思うに、世の中には、建物だとか“箱”は立派だけど、“中身”にお金をかけられていない現代美術館が多い。そこを逆に、箱はさておきもっと中身に注目してあげて、日常の中にふっと潜んで行くような、小さいからこそ面白いことができる、そんな美術館を目指しました。

施井:僕は今やっている活動のはじまりのお話からしますと、2001年に多摩美術大学を卒業して、“インターネットの時代のアート”をテーマにアート制作を始めたのが最初のきっかけでした。ダビンチもアンディウォーホルも、歴史を象徴しているアーティストは時代の大きな技術の変化の波に乗っているなと思って。それであればインターネット時代の波が来つつあるところに、今の表現もあるのではないかと考えました。

具体的に言うと、今まで美術の世界って世の中のトップ0.1%以下の人たちがやり取りするような市場であり、同時に関わっている人数であったのが、インターネット時代にこれが変わっていけるなと。では残りの99.9%だった人たちが、どうアートに関わっていけるかを考えたんです。

施井泰平さん

施井:最初の仮説では、レビュワー(批評家)にお金が入る仕組みに加えて、二次流通があったときにアーティストに還元される仕組みを考えていました。例えば彼らの作品が、一度誰かの手に渡って、また別の人の手に渡った際にそれが分かる、そしてお金が入る。

なぜその考えに至ったかと言うと、アーティストが活動を続けられなくなる理由は、結局お金の面が大きいんじゃないかと思ったんです。アーティストが何ヶ月、何年もかけて作った作品でも、価格設定の基準がないから、なかなか高くは売れない。でも本人からすると安く売ることはしたくない、と。

そこで、このサービスのWebサイト上で作品を売買してもらい、n次流通時にアーティストに還元される仕組みがあったらいいなと考えました。はじめの価格は少し安めにディスカウント価格で売買されたとして、二次流通、三次流通したときに本人として回収できるから、トータルで見るとアーティストにとっていいのではと考えました。

でも、そこでよく指摘されたのが、違う場所での売買をされてしまったらどうするのかと言うこと。その対策として、ブロックチェーンを利用した“Art Blockchain Network”の構想が生まれました。世界中のサービスがつながっていたら来歴が追えて還元金もちゃんと支払われるように出来るんじゃないかという発想です。あと、今まではアート業界ってなんでも紙で管理されていて、作品の流通経路や、この作品が本物なのかどうかも証明しにくかったんです。

でもブロックッチェーンを利用すれば、作品の証明証の発行、売買の流通経路、著作権の記録も残るので、“脱中央集権的”なセキュアな場所にすることができます。このようにしてアート流通のインフラである“Art Blockchain Network”が生まれ、オンライン・プラットフォーム“startbahn”はそこに接続する一つのサービスになりました。

startbahn…アート作品の登録・売買機能と同時に、ブロックチェーンの技術を用いた「改ざんや紛失することなく、永遠に作品の価値が残る」作品証明書発行・来歴証明が可能なサービス。作品証明書・来歴の記録は同サービス以外の場でも権利移転が可能。従来のように「いま作品が誰の手に渡っているのかわからない」「規約を無視した売買が自分たちの知らないところで行われているかもしれない」などの状況を無くし、生み出された作品が数10年後・数100年後にも価値が残り続けるサービス。

三日間で累計700名以上が来場した

矢代:例えるならば、信頼できるネットワーク上の、“アートの住民票”のようなものでしょうか。気になるのが、ここに入るための利用料です。さあ使おうと思った時に、アーティストもお金がかかるのでしょうか。

施井:ネットワーク上の住民票は、いい表現ですね。今までアート作品の証明書は紙だったこともありかなり危うい管理方法・信頼性だったんです。オークション会社の証明書すらも偽造が出回っていたり….。そこを、信頼できるネットワーク上で各社共有すべき情報だけ共有して、信頼性は守られるのが新しいポイントです。

価格に関して、startbahnでは現在一枚2000円という価格をつけて仮運用しておりますが、普及させるためにどういう値段設定にすればよいか、導入希望者と一緒に詰めている段階です。

矢代:お二人ともアートの世界を広い目で見て、インフラを作るビジネスを展開しているという点では共通するところがありますね。一方で、遠山さんはもともとビジネスのフィールドからアートに踏み込んだ、施井さんは逆にアーティストというバックグラウンドから、ビジネスに展開を広げた。お互いの印象をどう感じられましたか?

施井:遠山さんはビジネスの方…と思っていたのですが、先日伺った寺田倉庫さんにさらっと遠山さんの作品が飾ってあって。ご自身がアーティストでもあるんだなあと、改めてそう思いました。

遠山:実はそうなんですよ。スマイルズ自身も、ビジネスマンでありながら、遊び心を持って小さく色んなことに挑戦する気質です。

だから、あまり何かに挑戦して、結果“失敗した”という感覚を持っていないんですよね。例えば10枚の絵を描いて、その内7枚は売れた時、残りの3枚が失敗かというと、そうじゃないと思っている。最後にモノが売れるかどうかというのは、子供の眼差し(何がしたいか、何を描きたいか)×大人の都合(売り方)の掛け算だから、まずは何がしたいかが大事で、最終的に売り方の部分はどうにかすればいい、と。(笑)

矢代:今回のイベントのテーマである“お金の未来を手探る”に紐づきますが、お二人とももっとお金に手触りを持たせたい、人間性を持たせたい、というニュアンスのメッセージを発信されていると思います。

実は少し前に、僕もArtStickerとstartbahnで300円を使ってみたのですが、なんだか、画像情報を見てそこに対してお金を払う、という行為自体にはあまり手触りを感じられないように思いました。これはお二方のサービスに共通する部分かと思いますが、その辺りいかがでしょう。

遠山:確かに、スマホになるとお金の実感がないですよね。お金という数字、ポイントが動いただけという感覚ですが、その動きが、今までの交換経済とは違うところなんです。

今までは、モノがあって、高く売りたい人、安く買いたい人、と対峙する構図でしたが、そこがArtSticker内では、ユーザーとアーティストが横並びにフラットになり、あるべきところに価値という名のポイントが“スライド”する、そんなイメージですね。

遠山正道さん

遠山:交換経済に例えると、300円の支援に対してポストカードを送った場合、300円とカードを交換したことになり、そこで両者の関係性が終わってしまう。また、実際に作品を高く買ったとしても、その後は倉庫にしまっていたりすることが多いのも見たことがあります。

これが、今後は贈与型経済に変わっていくと思うんです。つまり、“作品を買いたい”ってどういう気持ちかというと、深掘っていくと、関係性を築きたい、好きだよ、という愛のささやきみたいなものだと思うんです。だから300円で作品を支援する、すると支援者と作品の関係性はそれからも続いていきますよね。

施井:その辺りが、startbahnだと実際の売買も行われるのですが、共通する部分はあると思います。アートっていうものはスープと違って、“SOLDOUT”と表示されていても実際は作品が無くなったわけじゃなくて、今誰かのところにありますというのが正しいと思うし、売り切れる、ということ自体が違うんじゃないかと考えています。

一回売れてからの二次流通をブロックチェーンが支えることによって、作品の価値が年月をかけて上がっていくという現象も見られると思うし、そういった意味では両者の間に長く関係性が生まれる仕組みなんじゃないかと思っています。

2つの異なるアプローチで、アートにまつわるお金のあり方に変化を生み出す2人。共通するのはアートへの愛と、個人がお金を通じてアートと関わるための道筋を、現在進行形で切り開いているところ。「アートとお金の新しい関係」は単に古いものを壊すだけではなく、未来へとアップデートする試みともいえるのかもしれません。



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