加藤嘉一さんは、「中国で一番有名な日本人」と呼ばれる。北京大学研究員として教鞭をとりながら、27歳の若さで英フィナンシャル・タイムズ中国語版コラムニストとして活躍する。経済的に困難な家庭に育ちながら、国費留学生として北京大学への留学を果たした。そんな加藤さんにとって、日本の若者たちはなぜ海外に出て自分を試そうとしないのかが不可解に映る。

聞き手・オルタナS特派員=中川真弓、オルタナ編集部=吉田広子


エリートよりも中間層の意識が高い


――日本では、若者に限らず、「当事者意識」の薄れが指摘されています。

加藤:韓国、シンガポール、台湾、中国では、徴兵制という「目に見える国民の義務」があります。学生は軍隊に入る2年間をいつにするのか考えているのです。

しかし日本には徴兵制のような「国民の義務」が無く、エスカレーター式に学生から就職へと進んでいく道ができあがっています。そのため、国に対する意識、国民としての義務を考える機会が圧倒的に少ないと感じています。

――中国と日本で、国に対する意識の違いを感じますか。

加藤:よく中国の若者は、「国に対する意識が強すぎる」「共産主義」などと言われますが、実際は適度な距離感を持って接している人が多いです。

2011年、中国の100大学を講義して回るというプロジェクトを行ったのですが、驚いた事がありました。中間層が多く通う大学の学生の方が、北京大学などのいわゆるエリート校に通う学生よりも国家や社会に対する意識が高かったのです。

なぜなら、エリートたちは、留学したり外資系に就職したり、移民したりするなどして、国家がどうあれ、自分たちの力で人生を切り開いていきます。

ところが、中部や中間層の若者は、国が崩壊したり社会が不安定化したりすると、その影響をもろに受けてしまいます。だからこそ、中国の現況や今後の発展に対して高い関心を持っている。社会の今と国の未来、自分のキャリアをセットで考える習慣があるのですね。

すべてではありませんが、日本の若者は、他力本願で当事者意識が欠如していると思います。日本の中だけにいては、国民として国家について考える機会が無いからでしょう。僕は中国に行って初めて日本人としての意識を感じました。

そこで僕は、大学生に2年間の猶予を与えることを提案したい。2年間のうち1年間は海外留学に充てます。留学費を誰が負担するかが問題になりますが、残りの1年間をインターンシップに充てるのです。就業先は全国の老人介護施設に限定し、高齢化社会の労働力不足を解消します。高齢者への理解も進み、親が要介護になったときの心構えもできるでしょう。

――海外に出ることが、日本人としての自覚が生まれるのですね。

加藤:僕の実感として、海外に出て日本人としての意識が芽生えない事はまず有り得ません。なぜなら、どこに行っても日本人として扱われるからです。ミスをすると「だから日本人は」とバカにされる事もあります。

海外に行くと、日本語は通じないし、街のシステムも違います。日本ではないことを実感できます。日本人の自覚無くして、国際化はありえない。日本人としての自覚があって初めて国際人になれる。若い世代には数週間でも良いので、外に出て行ってもらいたいのです。

国内でできる事は、世界に対してよりオープンになる事でしょう。少子高齢化の波の中で、学校、企業はどんどん国際的な人材を採用し、国内を多様化させる事。メディアが中心になってその声を広く伝える事が大切だと思います。

海外からの外圧もうまく利用するべきです。「中国や韓国に負けているぞ」というプレッシャーを与えて、こんちくしょうと思わなかったら終わりですね。


政治への無関心は「自分に関心がない」ということ


――著書で指摘されている「無関心層」(半径5メートル以内の事にしか興味がないと言われる中国特有の個人主義)は、日本にも通じる部分があります。

加藤:中国の若者の政治への関心はそれなりに高いです。中国人にとって国の未来や体制の在り方、発展の具合は生活に直結してくるので、関心を持たざるを得ないのでしょう。

僕が問題だと思うのは、日本人が生活に関わる政治的ニュースについて関心が薄い事です。増税やTPP参加、少子高齢化や財政赤字など、自分たちの未来に大きな影響がある分野に関心がいかないのは、「自分を持っていない事=自分に関心がない事」です。自分の事をどうでも良いと思っているのは最大の親不孝です。

もっと自分を大切にして欲しいのです。20歳になれば、みんな納税者です。税金を納めているのですから、政治家が中途半端に政策を施している事に対して怒るべきでしょう。

――日本の若者のなかには、がむしゃらになる事、政治や社会に対して怒りを表す事がかっこ悪いと思っている人もいるようです。

加藤:僕は常に怒りに満ちていますが、感情は出しません。リアクションを取るのは簡単ですが、僕は行動で示したいのです。本名で活動しているので、中国でも風当たりが強い事もあります。

日本の若い世代に怒りがないのは、本当に自分に関心がない、他力本願で当事者意識がないからだと感じます。

そもそも中国は、国家主席を自分たちで選んでいないにもかかわらず、これだけ政治に関心があるのに、日本人は自分たちで選んだ政治のリーダーさえバカにしています。これは「自己否定」なのです。その辺りの意識が極めて脆いですね。

――「空気を読む」という言葉がありますが、日本には全体の和を乱さない空気を重んじる風潮がありますね。

加藤:僕は昔から、その「空気」が何か全く分からないのです。


時代は人をつくる、環境は人を変える


――著書のタイトルにもなっているように、加藤さんは「日本海の橋」になることを目指されていますが、具体的にどういう事でしょうか。

加藤:日本海の橋、すなわち「日本と中国のかけ橋」というのは、目的ではなくて「結果」です。

僕は高校までは国連職員になりたかったのです。とにかく外に出たかった。国際的な仕事がしたくて、英語や世界史、地理などを頑張りました。大学進学を目指していましたが、家庭の経済状況は厳しかった。そんなとき、通っていた山梨学院大学付属高校に北京大学の幹部が来ることになりました。

チャンスを逃すまいと自分を売り込み、国費留学生として、北京大学に留学することが決まりました。高校2年生から翻訳の仕事をしていたので、英語には自信がありましたが、国連に勤めるにはもう一つ語学が必要で、中国語を習得する良い機会だと考えたのです。

ちょうどその頃、北京オリンピックも決まり、どんどん成長する中国に惹かれるものがありました。

留学先の北京大学は中国の最高学府ですので、文字通りエリート達が切磋琢磨する場所です。その中で偶然、発信していく、物を書く機会に恵まれ、それを続けていたらコミュニケーションという名の橋をかけるポジションに居たと感じます。汗と涙の結晶です。

言うだけ、考えるだけではダメ。まずはやってみる。これは物事の鉄則です。若い頃は特に、考えるだけではなく思いっきりやってから分かる事が沢山ありますから。

中国に渡った時、友達も、お金も、語学力も無かったのですが、何も持たないからこそ、全てが勉強、全てが新鮮でした。自分が施した唯一の正しかった事、それは高校を卒業したあの時期に北京に渡った事です。時代は人をつくる、環境は人を変える。これは常に僕が感じている事です。

――理解を深めていくということでしょうか。

加藤:そもそもコミュニケーションのチャンネルもそんなに多くないし、外国人が中国語で中国人に中国の事を語りかけた人が、これまでにどれだけいたのでしょうか。これは新しい分野の活動で、自分はこのパイオニアだという自覚があります。

しかし自分だけでは限界があるので、個人や企業、政府、ジャーナリスト、学者がチームになって欲しい。自分が成功した所、失敗した所をモデルにしてもらうために、しっかり伝えていく責任があると思っています。

僕は、自分の目標や信念、どう生きたいかという目的と手段をきっちりと自分の言葉で伝えたい。自分という人間をきっちり持っている。国の好き嫌いに関係なく、一人の日本人として相手に分かりやすい様に発信する資質が大切です。


貧しさは心を豊かに、常に本質と根本を追求する


――高校の時から翻訳の仕事をされていたのですよね。

加藤:家計を助ける意味もありました。お金は常に無かったので、いつもハングリーでした。ひどい時は3カ月間スーパーの試食で飢えをしのいだこともあります。生活が貧しいと心が豊かになります。こういう状況に自分を追い込む事は大切です。今でも常に節電を心がけ質素な生活をしています。

貯金もしていません。通帳にいくらあるのか知りません。投資も貯蓄も興味が無いので、知的好奇心を満たす物にお金を使うようにしています。貯蓄しても10年後生きている保障もないし、そこを起点に物事を考えたくないのです。

僕はいつも、本質と根本の2つを追求しています。

多くの若者は、生き方もやる事もお金や時間を費やす事も、どんどん本質からかけ離れている気がします。がむしゃらに汗水たらして頑張っている人はかっこ良いと思うし、うわべだけ着飾って、やる事をやらずに文句ばっかり言っている人は全然かっこ良くありません。

僕はここ3年間洋服を買っていません。着飾るより運動をして体を鍛えています。人間の本質的な魅力というのは、着飾る事ではありませんから。

自分は不器用でパソコンも苦手です。できない事はできないで、かっこつける必要はありません。美味しいものは好きですし、友人と食事にも行きますが、衣食住にもこだわりがありません。

中国では毎日同じものを食べています。食堂の10元(120円)の野菜ラーメン。これしか食べません。世の中変わり過ぎているから、変わらないものを毎日食べる事によって、今日のコンディションや味の感じ方など、自分を客観視できるのです。

変わらないモノをどれだけ大切に出来るか、が重要だと思います。そういうモノは大概目に見えないものですから。家を買ったら人生成功だという浅はかな考えに対して心から同情します。


自分が甘えていることを実感すべき


――中国の若者が抱える特有の社会課題はありますか。

加藤:中国の若者が全力で探している物は3つ。「家」「結婚相手」「仕事」です。

北京大学のようなエリートたちも含めて東西南北全ての人がそうです。それが生きがいになっているのです。例えば、月収4000元(約6万円)の人が、100平米200万元(約3000万円)の家を買うのです。中国人は大きい家を好むので、これだけのプレッシャーがあるのに皆頑張っています。

北京大学に入学出来るのは、入学希望者1000万人のうちたった3000人です。国外に出る為にはどこに行くにもビザが必要で、往々にして拒否される。中国の学生はこれだけ厳しい状況の中でも気合いで乗り越えているのです。

日本人はビザが必要無いし、円高で、これだけ好条件が揃っているのになぜ外に出ないのでしょうか。豊かで幸せな悩みなのかもしれないけれど、少なくとも外に出てみて、色んな人がいる、自分は甘えていたのだと感じる事をした方が良いです。

僕が主催している北京大学と東京大学の学生の討論会に出た日本の学生はいつも反省しています。自分たちは民主主義だと思い込んでいたが、世の中にはスゴイ奴がいるし、いろんな価値観があると、発見する事ができたと。

――理想は自発的に気付くことですが、そうした環境を作ることも必要ですね。

加藤:もちろん自分で発見することが一番良いのです。しかし、そうではない人もたくさんいます。ですから、発見させる機会や舞台を用意したり、僕が発信したりする事で感じてもらえたらいいと思っています。

色んな人が色んなスタイルで意見を発信し、各分野でオピニオンリーダーの様な、20~30代の皆をひっぱっていけるような人が出てきてくれるといいですね。特に女性で。

僕はインターネットが苦手で、「フェイスtoフェイス」を大切にしています。日本でもできるだけ大学を回って、若い世代と語る場を設けたいと思っています。

僕が得意とするのは、やはり講義です。2000人ほど収容できる広い会場で泣いている人もいます。聞いている人達の心に届くようなストーリー、眼力、話し方、リズム、しぐさ、間合いを意識しています。

どんな講義をする時にも、準備はしません。壇上に立ってから何をどう話すか決めます。
北京大学の講義でも、出席は絶対取りません。学生が講義に来ないのは、教師に魅力がないからです。

点呼で学生を来させるなんてバカな事は絶対しません。宿題も課しません。資料も配りません。今ここに集中させる。だから感動するのだと思います。


ライバルはもう一人の自分


――すべてにおいてとてもストイックな印象ですが、どのように気分転換をされているのですか。

加藤:ランニングです。毎日遅くとも4時には起きています。一日をへとへとに生きているから睡眠も早いです。3歳の時に交通事故で生死をさまよった経験があるので、明日が当り前に来るなんて思っていないのです。

今日一日を自分が納得して過ごせるように、毎朝起きてすぐ30分間イメージトレーニングしています。これはもう20年くらいやっています。常に思ったらやってみる。まずはやってから物事判断する。これが僕の鉄則です。

自分のイメージした通りにいくかどうか。僕のライバルは「もう一人の自分」です。いつも追いかけているのは彼だけです。

彼はユートピアの存在で、僕は現実社会の存在なので、うまくいかない事はたくさんありますが、常に理想の自分に近づけるように自分を磨いていくプロセスは楽しいです。思い描いた1日のスケジュールを全うできたのは、20年間で5回ほどですね。

――同世代の若いオピニオンリーダーを輩出する為にどんなアクションをされていきますか。

加藤:まずは自分のストックをためる事です。若者に人気のある人とコラボレーションする事も色んな人に関心を持ってもらう活動の一つです。そうする事で伝わる事があると思います。

これはシャイな僕にとっては挑戦なのです。考えるのが僕の仕事なので、考えて行動に移す。「本物はいつもシンプル」とはスティーブ・ジョブズの言葉ですが、常に本物でありたいのです。

――いつも真剣勝負をされている加藤さんですが、シャイなのですね(笑)。どんなときに幸せを感じますか。

シャイですよ。私生活ではほとんど喋りませんし、デートもしません。

幸せを感じるのは、きれいな景色を見た時でしょうか。あと、ファミリーマートの明太子スパゲティを食べているときです(笑)。すごく美味しい。僕は簡単に感動するので、ご販が美味しかったりしただけで涙が出そうになります。