環境省では8月から社会起業家によるリレートークを始めました。毎月、社会起業の最前線で活躍する起業家を一人ゲストに招き、創業した経緯や事業のつくり方など等身大の物語を話してもらいます。この特集「社会起業前夜」では、ゲストが話した内容から社会起業に大切なキーエッセンスを紹介します。(オルタナS編集長=池田 真隆)

登壇したボーダレス・ジャパンの鈴木副社長=8月末、東京渋谷にある地球環境パートナーシッププラザで

社会課題を解決するソーシャルビジネスは、通常のビジネスモデルと異なる点がいくつかあります。その一つが、顧客の数です。例えば、貧困問題を解決する事業では、第一の顧客となるサービスの受益者は貧困に苦しむ人々なので、彼/彼女らからは対価を得ることは期待できません。事業を継続するためには、その事業に共感した第2、第3の顧客からの売上が必要になります。

さらに、市場規模よりも社会課題を優先して参入することも、既存のビジネスモデルと異なります。通常、新規事業を考える際には、市場規模を見込んで参入しますが、ソーシャルビジネスは社会課題の有無で参入を決めます。そのため、そもそも市場がない場合もあるため、新たな市場をつくりだしていかなければなりません。

昨今では、ソーシャルビジネスという言葉だけが躍るビジネスモデルが増えていますが、社会の不憫、不満、不便を解消するものは、ソーシャルビジネスとは呼べません。なぜなら、それらはすべてマーケットニーズがあるからです。

ソーシャルビジネスが救う社会課題に苦しむ当事者はマーケットから放置された人々で、既存の社会・経済ルール(=効率性・貨幣経済優先主義など)から「仲間外れにされた状況」にあります。だから、儲かりづらく、参入プレーヤーは少ないです。

では、ソーシャルビジネスで起業するためには、まず何から取り組めばいいのでしょうか。リレートークの第1回目に登壇した、ボーダレス・ジャパンの鈴木雅剛副社長はこう話します。

「ビジネスモデルを考える前に大切なことは、ソーシャルコンセプトの設計です。事業を通してどんな課題を解決したいのかというビジョンを定めて下さい。ビジネスモデルはそのビジョンを達成するためのツールに過ぎません」

社会起業はソーシャルコンセプトから考える

そして、「うまくいかなかったらビジネスモデルはどんどん修正して問題ありません。ただし、ビジョンはぶらしてはいけません」とし、「いつも根本には、いい社会にしたいという思いを持ち続けないと社会起業家にはなれません」と続けました。

鈴木さんは約1時間をかけて起業の経緯や各事業について説明しましたが、ソーシャルコンセプトの話をしているときが最も力が込もっていると感じました。ボーダレス・ジャパンでは、事業担当者にビジネスモデルよりも前に、ソーシャルコンセプトを明確にすることを求めています。

ボーダレス・ジャパン社が考えたソーシャルコンセプトの概要

起業するために必要な条件については、「未来の社会像を描けるか否か」と言い切りました。よくありがちな、知識や経験などは二の次で、むしろ、「これらの要素を求めすぎたらいつまでたっても踏み切れない」と言います。

こう自信を持って言い切れる背景には、同社が創業から培ってきた社会起業の実績やノウハウがあるからだと思いました。同社は2007年に創業し、現在12期目を迎えます。9カ国11拠点で20の事業を行っています。

貧困農家の自立支援につながるオーガニックハーブティの販売や人種問題の解決を目指す多国籍コミュニティーハウスなど、社会課題の解決につながる多彩な事業を展開しています。2017年度の売上高は43.5億円で、利益率は12.6%(5.5億円)を記録しました。

同社の強みは事業担当者の志だけではなく、旗を立てた担当者を支えるバックオフィスにあると思います。戦略立案、マーケティング、デザイン、経理、人事など、専門分野に特化したビジネスパーソンが彼/彼女らを支えます。

2017年には全事業を分社化しました。ただし分社化しても各社は自己投資分を除いた利益をシェアするようにしています。社会課題を解決するアイデアが広がらない原因を、「財布が違うから」として、財布を同じにすることで、身内化し、ノウハウの共有も円滑にしました。

9月5日には、社会起業版の「吉本興業」を目指した、ボーダレスアカデミーを立ち上げました。これは、社会起業家を育成する5カ月間のビジネススクールです。このアカデミーを起点に、日本を代表するお笑い芸人を生み出してきた吉本興業のように、将来の社会起業家を一人でも多く輩出することを目指しています。

講演後、会場の最前列にいた社会起業家志望の学生から、「一歩踏み出すためには何が必要だと思いますか」という質問が出ました。鈴木さんは少し悩むと、学生の目をまっすぐ見つめながら、「勢いと悩むことと動くことの3つが必要だと思います」と答えていました。この3つは、一見すると矛盾している要素です。学生にはどれだけ響いたのか分かりません。でも、これこそ社会起業のリアルが積まった答えだと思いました。

◆次回のリレートークは9月20日。農薬や化学肥料不使用で栽培された農産物の販売を行う坂ノ途中の小野邦彦社長が登壇します。申込はこちら

株式会社坂ノ途中   
小野邦彦・代表取締役

1983年奈良県生まれ。京都大学総合人間学部では文化人類学を専攻。外資系金融機関での「修行期間」を経て、2009年、株式会社坂ノ途中を設立。「100年先もつづく、農業を」というメッセージを掲げ、農薬や化学肥料不使用で栽培された農産物の販売を行っている。提携農業者の約9割が新規就農者。少量不安定な生産でも品質が高ければ適正な価格で販売できる仕組みを構築することで、環境負荷の小さい農業を実践する農業者の増加を目指す。その他、東南アジアの山間地域で高品質なコーヒーを栽培することで森林保全と山間地での所得確保の両立を目指す「メコンオーガニックプロジェクト」を実施。「オーガニックをひらこう!」をテーマに、オンラインプラットフォームfarmO(ファーモ)の開発運営も行う。


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