「奇想天外旅コラム」では、世界中を旅している若者がその土地で感じたありのままの想いを特集しています。今回は、ラダックに旅している武士雄飛さん(23)に寄稿してもらいました。前編・中編・後編の3部作のうち、中編を紹介します。*前編はこちらから。





医者に処方された薬を飲みつつ、2日ほど何もしない日が続いた。洗濯をして、本を読んで、ご飯を食べに街へ繰り出す。そんな繰り返しだ。体調もまだまだ優れないが、レー入りしたときに比べたらかなり良くなった。

散歩もするようになり、土地勘も掴めたし、おいしいレストランも把握してきた。ローカル食堂で食べたトゥクパ(チベット風うどん)は、疲れた身体に染み込んできて、唸るほど美味だった。

この街は、ラダック人(ラダッキー)が多く住んでいる。ラダッキーはチベット系民族で、他にもたくさんのチベット系民族がラダックには存在するらしいのだが、旅行者の目からしたら分かるはずもない。

なので、知ったかぶりはここには書かないでおこう。ラダッキーは日本人ととても近い顔立ちをしている。日差しが強いラダックでは、日本人よりも遥かに真っ黒な顔になるのだが、それでも安心感のある顔立ちだ。

ラダックには、『じゅれ〜』という魔法のコトバがある。優しい微笑みながらラダッキーは、『じゅれ〜』と声をかけてくる。お礼を言うときも『じゅれ〜』。別れ際にも『じゅれ〜』。『じゅれ〜』というコトバは、おはよう、こんにちは、こんばんは、さようなら、ありがとう、などの意味を持つ万能の魔法のコトバなのだ。

『じゅれ〜』という魔法のコトバを特効薬に少しずつ体調も回復してきたので、旅らしいことをしようとLehの街を出ることにした。といっても、日帰りで出るだけなのだが。

ラダックはとても広く、Lehの街はラダックのほんの一部分も一部分なのだ。地域ごとに景色も違えば、文化も違う。Lehに山程ある旅行代理店でジープをチャーターし、1泊2日や2泊3日などで観光するのがメジャーになっている。

どこも魅力的で行きたいところだらけなのだが、体調と折り合いをつけながら考えなければならない。ひとまず、日帰りで行けるパンゴン・ツォへ行くことに決めた。

朝の6時に集合場所へ行くと、しばらくしてジープが現れた。そこから、この日のツアーメイトとなる二人組のところへと車は向かった。ジープを個人的にチャーターするより、大人数で乗り合い、料金を割り勘する方が安くなるので、今回はその二人組のジープに乗り込むことにしたのだ。

代理店のボスからはカナダ人のカップルと聞いていたのだが、現れたのは彫りの深い真っ黒な顔立ちをした男性二人組だった。あれ?と思い、カナダ人ですか?と聞いてみたところ、「え、僕らがカナダ人?!デリーから来たインド人だよ!」とのこと。ですよねぇ。

そんな僕らを乗せたジープは、パンゴン・ツォへと走り出した。インド人のふたりはデリーで映画の勉強をしている大学生だという。日本の映画も勉強しているらしく、黒澤明や北野武の映画は最高だよね!と熱弁していたのだが、両者の映画とも見たことない僕としては少し恥ずかしい想いだった。

しかし、映画を勉強する大学があって、世界中の映画を勉強しているのに、インド映画がどんな展開でもみんなでダンシングするエンディングは変わることがないのだろうか、と少し笑ってしまった。

走り出して間もなくして、雪山の中へと車は進んで行った。デリーに住む彼らに雪は珍しいようで車を止めては写真を撮るのだが、こちらとしては寒いこと寒いこと。運転手のおっちゃんは半袖でゲラゲラ笑いながら、寒くないぜ!と言って楽しそうにしていた。

頂上はもっと寒かった。あれはきっと氷点下だったであろう。こんなに寒いところを通るとは思ってもみなかったため、僕の足元はサンダルだ。大失敗だ。チャイを飲んで体を暖めるが、寒くてたまらない。頂上での寒すぎる小休止を終えて、ジープはまた走り出した。

雪山を越えると、今度はアルプスの少女ハイジのような景色が広がる。砂々しかった山々に緑が見られる。そこを湧き水が流れていたり、日本の田園風景のような景色が広がったりと、のどかで穏やかな時間が流れる。

運転手のおっちゃんは、誰か見つける度に『じゅれ〜』と魔法のコトバで声をかける。道は険しかったけど、空気は優しかった。

4時間ほど走り、ジープは目的地のパンゴン・ツォへと辿り着いた。ここはチベットからラダックにまたがる東西113キロの細長い湖がある。この湖見たさに観光客が訪れるのだ。

到着したときはあいにくの雨だったが、1時間もしない内に太陽が顔を出した。青い空と湖の青さにテンションが上がってしまい、飛び跳ねたり逆立ちしたりした写真まで撮り始めてしまった。お陰で息も上がり、少し頭がクラクラする。ここは標高4300m、飛び跳ねてる場合ではないのだ。

パンゴン・ツォの広大な湖と青い空


十分過ぎるほど写真を撮ったところでお昼休憩となり、あとはグッタリと帰路に着くのであった。

翌日ははしゃぎ過ぎた後遺症か全く朝ご飯が喉を通らなかった。今後は気を付けようと肝に命じた。お昼過ぎには、Lehからわずか9キロのスピトク・ゴンパへと向かった。

ゴンパとは僧院のことなのだが、ゴンパごとに壁画や曼荼羅が素晴らしかったりするので、ラダックではゴンパ巡りをする旅行者も多い。京都のお寺巡りといったところだろうか。

僕はあまりゴンパのことなどは分からないのだが、上から見る景色は最高だった。チベット仏教の象徴であるカラフルの旗が青い空をバックに風に吹かれる様は僕がずっと憧れていたラダックの景色だった。これが見たかった!

チベット仏教の象徴である旗


『じゅれ〜』。ゴンパ内で優しい笑顔のお坊さんと魔法のコトバで挨拶を交わす。しばらくすると小ぶりのリンゴを手渡してくれた。魔法のコトバでお礼を言い、魔法のコトバで別れを告げた。

優しい気持ちになれるコトバをたくさん口にして、この日はもうお腹いっぱいだった。じゅれ〜。(寄稿・武士雄飛)