現在、フェイスブック上で行われているALS(筋萎縮性側索硬化症)啓発キャンペーンが世界的に広がっている。そのキャンペーンでは、指名を受けた人は、24時間以内に、ALS支援のために100ドルを寄付するか、氷水を被るのかどちらかを選ばないといけない。そして、ミッションをクリアしたあとに、さらに3人を指名する仕組みだ。

このキャンペーンの発端は、アメリカの元大学野球の選手だ。彼自身がALS患者であり、認知度を上げるために行った。7月末から始まったキャンペーンだが、レディー・ガガやクリスティアーノ・ロナウドら著名人にも広がり、わずか20日間ほどで、アメリカのALS協会に10億円ほどが寄付されたという。この額は、同団体への去年の年間寄付額の8倍に相当する。

日本でも、ソフトバンクの孫正義社長や浜崎あゆみら著名人が続々と氷水を被って、広がりは加速している。一方、このキャンペーンの本質的な狙いは、「氷水を被ることではない」ととらえ、ALS患者の支援のために寄付を選ぶ人もいる。

話題を集めているALS。オルタナS編集部では、ちょうど1年前の昨年7月、ALS患者の藤田正裕さんを取材した。ALSに発症し、約3年が経過していたが、動かせたのは、左手の人差し指と顔の筋肉だけだった。声はかすかに出るが、筆者の質問には、藤田さんの口の動きを、ヘルパーが読み取る形で取材は進んだ。

発症原因も治療方法も不明の難病ALSとは何か。




「iPS細胞からの新薬を早く自分に試して。日本で早く人に試して欲しい」

車椅子に乗った男性は精一杯の力で、顔の筋肉を動かし、そう話した。声はかすかに出るだけで、口の動きから言いたいことを読み取る。その男性とは、藤田正裕さん(34歳)だ。

取材を受ける藤田さん

藤田さんは、世界125カ国にオフィスを持つ国際広告会社マッキャンエリクソンの日本支社で働くプランニングディレクターだ。2004年に入社し、以来、国内外合わせて複数の案件を手がけてきた実績を持つ。

社内でも、「アスリート。常に高いところを目指し、最後の1cmを達成するための努力を怠らない。それだけでなく、常にユーモアを忘れず、何事にも真剣に、でも深刻にはならない」と言われ信頼と人気を得ている。

直属の上司のデイブ・マッコーガンさん(取締役ゼネラルマネージャー)は、藤田さんのことを「ヒロは、何事にも常に前向きで自分の考えをきちんと伝える強さを持ちながら、人への思いやり、気配りもできる人間」と評価する。

そして、「難病との闘いが始まってから尚強くなっていて、ヒロから我々が勇気とインスピレーションを日々もらっています。ヒロならEND ALSの奇跡を起こせると信じています」とエールを送る。

デイブ・マッコーガンさんが言う、「END ALSの奇跡」とは、藤田さんが戦う難病のことだ。2010年11月、藤田さんはその病気と診断される。それは、筋萎縮性側索硬化症(通称ALS)だ。ALSとは、身体の筋肉を動かす運動ニューロン(神経系)が変性し、徐々に壊れていく疾患である。運動ニューロンのみが変性するため、五感や意識はそのままで、筋肉への伝達ができなくなるのだ。

藤田さんは、診断されたときの心境を、「混乱してしまい事態が把握できなかった」と振り返る。「全てを疑いましたね。まるでドラマをみているような気持ちでした。兄と一緒にいましたが、2人で呆然としていました。どう受け止めたらいいのか分からなく、笑えて、泣けて、むかつきました」。

◆今はALSから喧嘩を売られただけ◆

ALSが進行すると、手足の麻痺による運動障がいやコミュニケーション障がい、呼吸障がいも起きる。平均寿命は3から5年で、世界で12万人、日本で9000人の患者がいる。発症原因は不明とされ、有効な治療法も確立していない。

「まず左腕が上がらなくなり、次に左足も動かなくなりました。すると、転ぶことが多くなり、ある時は前歯を折ったこともあります。身体全身が弱くなっていきましたが、自分はできると思っていましたから、立ち上がろうとするのですが、結局、転んでしまいます」

藤田さんは、2011年3月から車椅子に乗り、現在は24時間看病してもらいながらの生活を送る。今年1月には気管切開を行い、胃ろうで栄養を取っている。気管切開によって声を失い、現在動くのは、左手の人差し指と顔の筋肉だけだ。

延命するためには、体力や精神力に加えて、経済性も必要だ。「生活をするために使う一部の器具や、看病してもらうヘルパー代の一部は保険の適用外である。周りに支えてくれる友人・家族や収入がない人にとっては自己負担額が重荷となり、気管切開をせず、死を選ぶ。このような制度を変えていきたい」

この思いから、藤田さんは2012年に、一般社団法人END ALSを立ち上げた。同団体で、治療法の確立と政策提言への貢献を目指す。ノーベル医学賞を受賞した山中伸弥教授がiPS細胞を発見したことにより、難病の治療研究が前進する可能性があり、この研究への公的支援の促進などを働きかける。

政策提言として、保険制度の改善を要求する。様々な最新技術が、公的医療保険ではまだ適用外であり、負担額に苦しむ患者が多い。そこで、募金で集めた介護用品の提供などを行う予定だ。

藤田さんの思いに賛同したマッキャン・ワールドグループ社内外の有志がEND ALSチームとして、ウェブサイト(http://end-als.com)、Facebook (http://www.facebook.com/endalswithhiro)、声を失った藤田さんのブログを代読する著名人映像(http://end-als.com/index.html#movie)などを制作した。また、政策提言に向けて様々な活動も進めている。

「この2つのミッションを達成するために、ALSの認知向上と寄付金を確保のため、オリジナルTシャツも販売している」(藤田さん)

今はTシャツはネット販売のみ購入可能で、550枚ほど売れている。犬用の服も販売しはじめた。https://end-als.stores.jp/#!/

体力面での変化はあるが、知性に変わりはないので、会社にも出社する。現在は週に一日だけ、毎週水曜日の午後からだ。午後6時まで打ち合わせがびっしりと入っているという。筋肉は衰えたが、戦略プランナーとしての頭のキレは健在だ。

藤田さんは、「今はALSから喧嘩を売られただけ」と話す。「この戦いに勝てたらうれしいし、負けたらしょうがない。何もしないで、死ぬよりかはマシ。死ぬ気で主張して、現状を変えたい」。

取材の終わりに、「なぜ、そこまで強くいられるのか」という質問をした。藤田さんは、その質問に対して、「私は強くはない。ただ自分の人生を取り戻したいだけ。それだけ病気の前は楽しかったんだろうなと思う。強さではなく、主張をするコトがあるので、主張しているだけである」と答えた。(オルタナS副編集長=池田真隆)


藤田正裕さんの書籍『99% ありがとう ALSにも奪えないもの』(ポプラ社)の書評はこちら

【藤田正裕】
(株)マッキャンエリクソン、プランニングディレクター 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 患者。1979年東京生まれ。2010年11月に難病診断を受け、現在は自宅から仕事を続けている。趣味:映画鑑賞・サッカー・ゲーム・暴飲暴食。夢:普通の生活に戻り、世に恩返し。家庭を作る。

ブログ:http://blog.honeyee.com/hfujita/archives/2013/05/06/another-gr.html
ウェブサイト:http://end-als.com
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