タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

◆夢

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それはなんでもないレフトフライだった。ライン際にバックして逆シングルで易々取れる打球だった。
一塁と二塁のランナーはベンチへ、チームメイトはベンチを出て守備に就こうとする、もう終わっていたあたりだった。しかし8回の守備からいきなり、それも初めて命じられて入ったレフトに啓介には自信がなかった。チーム一のスラッガー、4番打者でレフトフィールダーのネイルがhit by pitch(デッドボール)を頭に受けて退場したために、控えのセカンドの啓介が初めて命じられたレフトだった。ふらふらと上がった当たり損ねのボールは、レフトのライン際に上がっていた。浅く守っていた啓介が5,6歩下がってから少し前に出て捕ればスリーアウト チェンジだった。

しかしボールはサードの頭上を越す頃からライン際に曲がりだした。本職のレフトなら分かっている事だった。しかし4,5歩前ボールを見上げながら後ずさりした啓介には予期しない球道だった。啓介は慌てて体を斜にして打球を追ったが、ボールはどんどん切れて啓介のバックハンドのグラブの先をかすめフェアーグランドに落ち、フェンスに向かって転々とした。 

どこからか悲鳴とも罵声ともつかない叫び声が聞こえてきた。緑の芝生を走る啓介の時間はとてもゆっくり流れていた。ゆるゆると逃げるボールを他人事の様に追う視線の先に白いユニフォームのセンターがボールをすくいあげているのが見える。

「世の終りが来ればいい」と啓介は思った。
その瞬間大波が外野スタンドを走り降りてくるのが見えた。大波は外野スタンドを巨大な滝となって落ちてきた。それは苦も無くフェンスを乗り越えてグランドを水没させて行った。ボールもセンターも水に呑み込まれた。啓介も波に押し流されて翻弄された。「ああよかった」啓介は波にもまれながらそう思った。助かった。これでノーゲームだ。

波が啓介を深海に呑み込み、魚の群れに混ぜると啓介も黒い魚となって移動しだした。自由がきかない。
ただ押し流されている。息苦しい。魚なのになんで息苦しいのか。体が動かない。声を上げようにも泡が出るだけで声が出ない。良子の声がした。

なにか言っている。良く聞こえない。良子が水面を泳いでいるのだ。裸だった。すると自分も裸の男に変った。顔が水面に少し出た。そこで目が覚めた。大きく息が吸えた。喉が渇いていた。ここがどこだか分からない。ソファーに横たわり、体の上にはかなりの枚数の新聞紙が乗っていた。ぼんやりと照らす黄色い非常灯でそこが末広の事務所だと分かった。 

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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