2012年3月、法政大学(東京・市ヶ谷)を卒業した三井俊介さん(24)は岩手県陸前高田市広田町に向かった。移住して、復興支援にかかわるためだ。ビジネススキルも実績もない若者は、信頼してもらうためには、「人生を投げ打つしかなかった」と話す。(オルタナS副編集長=池田真隆)

東北に移住し、「丁寧に生きられている」と話す三井さん

三井さんが移住すると決めたのは、広田町民からの信頼を得たいという思いからだ。移住すると決めた当初は、まだ社会に出たことがないので、「お前に何ができるんだ」と広田町民から受け入れてもらえなかった。

そこで、実績もスキルもない若者が出した答えが、「移住」だ。人生を賭けていることを示すために、捨て身の方法を取った。

もともと三井さんは広田町とは縁もゆかりもない。復興支援活動の支援先が偶然広田町になったことがきっかけである。広田町に人生を投げ打ったのは、「広田が好き。この町の人と一緒に生きていきたいのに、あと20年後になくなってしまっては困るから」と話す。

同い年が就職活動を行っていても、企業に魅力は感じられず、人口約4000人で、2人に1人が60代以上の漁師町に若者は惹かれた。周りからは、「企業に就職して、力を付けてから、復興支援をしたらいいのでは」とも言われた。

しかし、「目の前で助けを求めている人がいた。企業に就職して力を付けている間にも、苦しんでいる人がいる。だから、今何とかしたかった」と話す。

だが、その時点では収入の宛てもなく、確保されていたのは、町民から借りた空き家だけだ。それでも、移住したのは、「後悔したくなかったから」と話す。「東日本大震災で自分の無力感を感じた。助けを求めている人がいるのに、何もできない自分がいた。もう二度とこのような無力感を感じたくない」。

東京の大学を卒業後、東北に移住--これだけを聞くと、相当の覚悟と何か達成したいことが明確にあったから、移住したととらえられるが、実際は少し違う。何もできなかったからこそ、移住したのである。