20代前半はバイクで全国を旅する放浪生活を送り、後半はVJ(ビジュアルジョッキー)として全国のクラブやイベントに出演。2002年30歳でフリーとなり、2003年にメビック扇町に入所、卒業後の2005年に、ウェブサイトの企画・制作を行うキネトスコープ社を大阪に設立した。そして昨年10月、徳島県の山間にある人口約6300人、高齢化率46%の典型的な過疎の町「神山町」にサテライトオフィスを設立し、家族とともに移住した廣瀬圭治さん(41)が、神山町で模索する「新しい働き方・暮らし方」とは。新しいワークスタイルで自分らしい生き方を追求するクリエイターに話を聞いた。(オルタナS関西支局特派員=小林律子)

古民家の離れを改装したサテライトオフィス(通称・神山ベース)の軒下で視察団向けにセミナーを開催

■サテライトオフィス開設から家族での移住へ

移住のきっかけは、2012年3月、神山町ですでにサテライトオフィスを開設していた人との出会いだった。神山町では、地元NPOの誘致活動が成功し、2010年以降ITベンチャーやクリエイティブ企業など10社が空き家をサテライトオフィスとして開設している。

廣瀬さんはもともと全国を放浪する旅で、地方の人の温かさや資源の豊かさを実感し、ゆくゆくはこんな人間らしい暮らしをしたいと思っていた。そして、ネットさえあればいつか環境の良い場所で仕事ができるはずだと、ICT(情報通信技術)業界で起業した。だからサテライトオフィスの話を聞いて、「すでに地方での仕事を実践している人がいるんだと、いてもたってもいられなくなって神山町に向かった」と当時を振り返る。

初めて神山町を訪れてから、廣瀬さんは休みを使って頻繁に家族と遊びに行くようになる。当初は移住までは考えていなかったが、6月に離れ付きの空き物件が出たことをきっかけに、「サテライトオフィス開設と、いつか田舎暮らしがしたいというぼんやりとした家族の夢が重なった」。そして10月には、関西から初めてとなるサテライトオフィスを設立し、家族とともに移住した。

■地方で「働く・暮らす」のバランスをコントロール

神山ベースで仕事をする廣瀬さん

サテライトオフィス(通称:神山ベース)は、築150年の木造古民家の2階建て離れを改装した。約10畳の1階をオフィススペースとコワーキングスペースに、2階をゲストルームにし、大阪などから来た人たちと神山町とをつなぐハブとなることを目指している。母屋は6Kを3LDKに改装した居住スペースだ。 

廣瀬さんはここで、働き方と暮らし方、そのバランスを模索している。「都会だと、仕事とプライベートとで、きっちりスイッチを切り替えることを強いられていた。田舎では自分でコントロールできる」。例えば、午前中は薪割りをして、午後からは本業のデザインワーク。朝方まで仕事を続け、そのまま趣味の釣りに出かけてから、自宅の母屋に戻って・・というように、勤務時間にしばられない生活を送っている。

「時間の使い方と家族との関わり方が大きく変わった」と廣瀬さんは話す。夏休みは、子どもたちも宿題をしたりしてオフィスで過ごしていたという。「大阪にいるときは、休みの日になると子どもたちと出かけることで、ちゃんと接している気になっていた。神山ベースなら、オンオフ切り替えずに一緒にいることができる」。

「いつか、親の仕事をしている姿がかっこよかったと思ってもらいたい。田舎もこんなにいいということを子どもたちに見せて、伝えていきたい」と廣瀬さんは語る。

■地方で見つけたライフワーク

廣瀬さん一家が暮らす母屋

順調に思える移住だが、苦労したことを聞くと、「既存のコミュニティに入っていく難しさを痛感した」と廣瀬さんは話す。30~40代が多い移住者たちと、60代以上の地元住民の間には距離があったという。「地域の寄合や清掃活動などへの参加は、最初のうちはハードルが高く感じていた。でも、参加してみて、初めて地元住人とたくさん話すようになり、溶け込んでいけるようになった」。

今ではご近所さんが作ったお米や野菜をもらったり、ミツバチの巣箱を譲り受けて養蜂を始めたり、地域付き合いを深めている。町役場の人をはじめとする地元住民、移住者、地元NPOなどのキーパーソンが集まるきっかけを作り、町の協議会が開かれるようになったという。

そして、廣瀬さんは神山町で暮らす中で、「間伐材というライフワークをみつけた」と話す。人工林が及ぼす、山の水源や環境問題が、日本の山間地域の深い課題となっていることを知り、間伐材を有効利用するプロジェクトを立ち上げた。神山町在住のスタッフ2人を新たに迎え、取り組み始めたところだ。「町の協議会も開かれていくことになったので、間伐材の問題解決など、これから地域の人たちと一緒に、本質的に地域づくりに関わっていきたい」という。

■クリエイティブの力で地方を盛り上げる

徳島県内で場所を移しながらAWA RISE MTG.(アワライズ・ミーティング)を定期開催している

廣瀬さんは移住後、徳島県からの委嘱を受けて、クリエイティブ・ネットワーク・コーディネーターとしても活動している。クリエイティブの力で徳島を盛り上げるという使命のもと、県内のクリエイターと各地域の人々をつなげるため、定期的に交流会やラウンドテーブル形式のミーティングを開催している。

大阪でも、廣瀬さんはクリエイター同士や企業の顔の見える関係を築くことで、新たな協働を生み、クリエイティブ関連企業の活性化に取り組む「メビック扇町」の活動に参加してきた。その経験から、まずは人がつながることで、地域を盛り上げる協働やソリューションに発展させていきたいという。

「クリエイティブとネットの力で地域資源に価値をつけ、県外にも発信していきたい」。「都会に比べ、田舎にアドバンテージがあるようなサービスをやっていきたい」。「これからは、電気屋さんや魚屋さんのような位置づけで、商店街にデザイン事務所が普通にあって、町の様々な取り組みをお手伝い出来るような事務所になっていきたい」と、廣瀬さんの口からは、やりたいことが次々と出てくる。

「田舎の人は薪割りや野菜作りなど生活に必要なさまざまなことができる。自分も1業ではなく、5業6業身につけていきたい。そして、“百姓=百の仕事ができる人”のような感覚で、どれも食いぶちの一つにしていきたい」という。柔軟な働き方で、さまざまな事業やプロジェクトを進める廣瀬さんに今後も注目したい。

神山町や東京・大阪からのメンバーも集まった母屋での引越し祝い

オルタナS関西支局では、クリエイティブネットワークセンター大阪「メビック扇町」と連携し、「これまでの常識とは違う働き方をしている」「新しい課題や分野にチャレンジしている」「社会課題の解決に取り組む」魅力的なクリエイターを取材し、記事を連載しています。多様なクリエイターの生き方を通して、オルタナS読者が将来を考える際のヒントにしていただければ幸いです。

クリエイティブネットワークセンター大阪 メビック扇町 http://www.mebic.com/