クリエイター支援施設「クリエイティブネットワークセンター大阪 メビック扇町」(大阪市北区)で毎週開催されている「クリエイティブサロン」が2月4日に行われた。和の文化を発信し続ける空間デザイナーの酒井コウジ氏(50)をゲストスピーカーとして招き、ミラノと日本の仕事環境の違いや自身を「旅芸人」と表現する酒井氏の働き方について聞いた。(オルタナ関西支局特派員=服部英美)

イタリアや日本のテレビで取り上げられた際の動画を紹介しながらトークが繰り広げられた『クリエイティブサロン』=大阪市北区のクリエイティブネットワークセンター大阪 メビック扇町

「最近、僕の口から発しているのは『初めまして』『一緒に何かしませんか』『では説明を』ということ。『ほな!ご一緒にやりましょうかー』と物事が進んでいく。『せーの』で始まるライブ感がとても面白くて、はまっています」と自身の行動スタイルについて酒井氏は語る。

空間デザイナーとして活動している酒井氏は、約13年前に仕事でミラノに行き、イタリアのファッションブランドの店舗開発などを始めた。現地のデザイナーとともに仕事をするなかで、さまざまな刺激を受け、日本との仕事の進め方の違いなどを目の当たりにした。

そこで出会ったイタリアの家具やデザインに魅了され、自身の想いをインテリアプロダクトとして発表していくようになる。また、海外のデザイナーから自身の作品について「日本らしい」と言われたことがきっかけで、ミラノを拠点に日本の伝統文化を世界に発信する活動を始めた。

まず手がけたのが、ミラノサローネに出品するということ。「世界中のインテリアメーカーやデザイナーが集結し、とんでもない有名人や巨匠と出会え、年齢、経験に関係なく良いデザインは賞賛される場所なのです。

ヒト・モノ・デザインすべての意味で出会える機会がたくさんあります」とミラノサローネの魅力について語る。イタリアはメーカーに所属していてもデザイナーが自分の作品を発表する機会が多く、若手や海外の人でもデザインが認められれば活躍できる。

ミラノサローネは、インテルなど有名企業の社長がゲストとして登場したり、80歳をこえる大御所デザイナーも参加したりするインテリア見本市だ。1週間で約30万人が足を運び、メディアにも大きく取り上げられるイベントのため、作品を多くの人に知ってもらうチャンスとなっている。

酒井氏は「イタリアは日本と比べて、ものづくりにおけるデザイナーの役割がとても重要視されている。日本のメーカーはデザイナーを育てようという環境がないように思う。イタリアではデザイナーの名前を前面に出して製品を売り出している」と語る。

デザイナーに対する信頼が高く、一度任せた仕事について最後までデザイナーのやり方を尊重するという考えがあるため、デザイナーにとって仕事がしやすい環境だという。このようにデザイナーに「懸ける」文化があるのは、メーカーの担当者などが、自分の見たことのない製品やデザインに対しても、「面白い」と判断する基準をしっかりと持っていて、製造の職人も、デザインを製品化する努力を惜しまない気風があるからだと酒井氏は語る。

良いものは後から理由がついてくるんですと語る「旅芸人」の酒井コウジ氏

一方、デザイナーがメーカーから独立している分、高い専門性が必要で、作品をプロモーションするためにデザイナー自身が積極的に動くことが求められる。

イタリアでは、有名デザイナーであっても企業の力を借りずに自ら情報発信をする文化がある。展示会に出展したりたくさんの人に会ったりして「やりたい」と自分の意志を伝えることも重要だ。酒井氏は「昔は自分を『何でも屋』と名乗り、他の人が嫌がる仕事でも積極的に引き受け、いろいろな場所に通い詰め人とのつながりを築きながら仕事の機会を増やしてきた」と語る。

酒井氏の代表的な作品がとして移動式茶室「どうらく庵」がある。畳の製作過程で出る「い草」や木工作業で出る廃材や端材を利用し、堺市の建築会社「アクト」とともに組み立て式の茶室を考案した。

日本の伝統的な茶室を移動できるというアイデアが注目されてテレビ東京の報道番組「ワールドビジネスサテライト」で取り上げられた。また2010年にはミラノサローネにも出展している。酒井氏は「まずは自ら手を挙げて興味のあることをやってみる。周りからいいと認められるものは、後から理由がついてくるんですよ」と語る。

酒井氏は、不要になりごみにされようとしているものや廃材を加工し、新しい価値を付けてよみがえらせる「アップサイクル」にも取り組んでいる。また昨年から日本のクリエイターや和紙メーカーと共同で、需要が低くなっている和紙や襖(ふすま)紙の価値を見直し、和紙の伝統文化を広めるために「包む」文化を伝えるイベント「TuTuMu exhibition」をミラノで開催している。和紙のマフラーをはじめとした、和紙の新しい使い道を提案する商品開発や市場開拓も手がけている。

最後に酒井氏に、日本の和の可能性について聞いた。「イタリアは伝統的な文化や技術に価値を置き、お金をかける文化が残っている。また、デジタル化が進むなかでも先輩が培ってきたアナログの技術を積極的に伝承している。日本は売り上げが重視され、良い技術が継承されなくなっているが、まだ日本各地に一般の人の目には触れていない良い技術や製品が埋もれている。そんな日本の文化を発掘し、ミラノを拠点に世界に向けて発信していきたい」と語った。