メッセージに対する反応は様々だ。「妊娠してる子はいないわ」と言って断るのが、1日1回くらいあるが、「ありがとうね。ま、お茶でも」ってのが、一番多いパターンである。メッセージに対して、反感をもたれるのではないか、という不安があったのだが、そんなこともないらしい。愛想のいいアジア人がやってきた、というのもひとつの効果かもしれない。僕の話を真剣に聞いてうなづき、手にしたチラシを家族で回して見ている。「こっちにもくれ」という声があって、僕の説明を最初に聞いた人が、代わりに説明してくれるというのも多く、見ていて嬉しくなる。

一見、保守的そうな村の人も受け取ってくれる

一見、保守的そうな村の人も受け取ってくれる

休憩も楽しい。朝10時前に事務所のあるバーセル病院を出発してから、昼の2~3時までマンベジ郡内の村3ヶ所ほどを回るのだが、さすがに疲れるので、途中に休憩を取る。雑貨屋でジュースを飲みながら、店主にチラシを渡してメッセージと僕の仕事について説明をしながらの時もあれば(代金は要らない!と言ってくれる。とはいえ、払う場合でもドライバーのおごりだが…)、説明を聞いてくれた人の家に誘われるがままにお茶をご馳走になったりする時もある。所々で冷たい水を飲ませてもらったり、温かなシリア人のホスピタリティを感じる。

意外だったのが子ども達である。当初、「子どもにあげても、その辺に捨てるだけだからあげるべきでない」という話だったのだが、僕は非常に重宝している。子どもが割りと飲み込みが早く、説明が終わり、隣の家まで歩いてチラシを持っていくと、ついてきて「4回!2回!3年!」と説明までしてくれることもあったし、僕の拙いアラビア語が通じない村のお年寄りに代わりに説明してくれたりもする。

子どもだけで来たときには、基本的にはあげないようにしてはいるが、「僕が言うことを覚えたらあげるよ」という風に言ってメッセージを覚えた子にチラシを渡す。すると嬉々として家まで駆けて行く。あるお母さんにチラシを渡したら、「子どもが持って帰ってきたわ」なんていうこともあった。子ども達は、皆が外に出なくなる暑い昼過ぎでも外に出ているし、車が入れない小さな通りにある家でもメッセージを届けてくれる大切な仲間なのである。

村の子どもも集まってくれた

村の子どもも集まってくれた

一方、考えさせられるのが「この村の保健センターに行ったけど、何もしてくれないわ」という声。これでは、保健センターの役割を広報してもどうしようもないではないか。そういう村では「健康診断を…やってます・・・えっと、将来的に」なんて説明をせざるを得ない。「何もしてくれない」というのは、行ってもドクターが居なかったという他、ドクターが居ても、それは混雑する予防接種の日で健診をする余裕がないということだ。

ここで、更に大きな問題が思い浮かぶ。

         広報する
           ↓
        仕事が増える
           ↓
       仕事の質が下がる
           ↓
     保健センターの評判が下がる
           ↓
     ヘルスセンターに行かなくなる

という循環である。国際協力では多くの場合、問題分析ツリーというのを用いている。例えば「保健センターが利用されていない(結果)→保健センターの役割が知られていない(原因)」という直線の分析を行ない、それをひっくり返して「保健センターの利用者が増える(目的)→保健センターの役割が知られている(方法)」という解決方法を提案する。しかし現実には「保健センターの利用者が増える」と目的が達成されたがゆえに新たに、その結果を悪化させる他の原因が現われるという「負のサイクル」が出てくることもあるのである。

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