全日本空輸(ANA)は7月、世界の社会起業家のフライト支援を行う「ブルーウィング・プログラム 2015」を開始した。12月13日には、支援先の一人である「ホームレス・ワールドカップ」の創設者、メル・ヤング氏が来日し、都内で講演した。ホームレス・ワールドカップは、サッカーを通じたホームレスの自立支援プロジェクトで、参加した8割のホームレスの状況が改善したという。(オルタナ編集委員=斉藤円華)
■8割のホームレスの状況が好転
ヤング氏はホームレス・ワールドカップの成果について、「選手の約8割が出場を通じて人生を変えた。麻薬などの依存を断ったり、仕事や学業に就いたり、住居に住むようになったりしている」と語った。中にはプロサッカーチームに「移籍」した選手もいる。
貧富の格差が拡大する中、世界全体では10億人のホームレスがいるとされる。ヤング氏は大学卒業後、ジャーナリストとして働き、1993年に「ビッグイシュー・スコットランド」を立ち上げた。「ビッグイシュー」はホームレスが街頭で販売し、売上の一部がその販売者の収入となる雑誌だ。
「世界中のホームレスが体験を共有できる場を」と考えたヤング氏は、サッカーに注目。2003年にオーストリアで初めてホームレス・ワールドカップを開催した。開催地は毎年変わり、2015年9月に開催したアムステルダム大会には、49カ国から64チーム・500人が参加した。会場には10万人以上の観客が詰めかけたという。
「ユニフォームを着れば、うつむいて生活していたホームレスが堂々とした『サッカー選手』になる。人々のホームレスを見る視線が変わった。存在が無視されていた人が、社会の中に存在するようになった」。ヤング氏は開催の意義を「ホームレスも人間だ、と人々に認めてもらうこと」と強調する。
シンポジウムでは、NPOビッグイシュー基金でフットサル担当の長谷川知広氏、金融機関で働くかたわらホームレス日本代表「野武士ジャパン」のコーチを務める蛭間芳樹氏らも登壇した。
長谷川氏は「日本チームを支援するのは外資系企業や篤志の個人が多い。一方、日本企業は自己責任の風潮が強く『なぜホームレスに金を出すのか』との反応が強い」と指摘。蛭間氏はその背景を「欧州でのCSRは歴史的に『雇用する責任』を重視している」と説明した。
■社会起業家が企業に価値生む
ANAは国際的な社会起業家ネットワーク「アショカ」と協力。「ブルーウィング」プログラムは、フライト支援に加え、SNS上でシェアされる毎に寄付金額が加算されたり、キャンペーンサイトからチケットを購入することでマイルを寄付したりできる参加型の支援プログラムだ。
ヤング氏は、「年間20~30カ国まわり、常に世界を飛び回っている。航空移動は経済的な負担も大きく、支援を受けることで、本来の自分たちの活動に集中できる」と評価する。
プログラムを立案したANAマーケティング室マーケットコミュニケーション部宣伝チームの深堀昂(あきら)氏は、プログラムについて「大好きな飛行機を通じて世界中の人々に夢と希望を与えたかった。有志27人でプロジェクトを立ち上げ、実現までに5年をかけた。ブルーウィングは、一方通行の寄付ではなく、企業と社会起業家がウィン・ウィンの関係を築くものだ」と述べる。
同社は社会起業家への支援を、顧客に新たな価値を提供するための中長期的なマーケティング活動と位置付け、利益向上を目指している。2014年、欧米向けに「ブルーウィング」の先行プログラムを実施した際には、通常の宣伝広告よりも好反応を得たという。
「プログラムを通じて、通常のマーケティングでは得られないストーリー(顧客との価値共有)を体験できる。例えばヤング氏とタイアップしなければ、我々は『世界は変えられる』と語ることができない」と深堀氏。
これに応じてヤング氏も「世界は有限である以上、企業は社会的責任を受け止めなければ存続できない。その中で、やはり大企業は社会を変えるインパクトを持っている」とプログラムに期待する。
深堀氏は「『ANAで世界を変えよう』と語るマーケティングが、従来は働きかけることが難しかった顧客層にも届く可能性がある」と手応えを感じている。プログラムは来年7月まで実施予定だ。
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