タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう
なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)
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◆ジャーナリスト桐嶋
「関東大震災のような奴はきますか?」
と尋ねてみて啓介はバカな質問をしたものだと自分で呆れた。
桐嶋はそれでも律儀に頷くと
「政府も行政機能を地方に移動させようとしているのだから、彼らも来ると思っているのでしょうね」と言った。
「我が北杜はめったに揺れんですよ」と敏夫が言うと「土地を譲ってもらったらみんなで移住しようか?」と圭介が言った。
しばしの沈黙がやって来た。啓介は八ヶ岳の主峰赤岳を頭に浮かべた。桐嶋は原発の取材を終えたらそれを本に纏めようとしていたので、八ヶ岳あたりで書きたいなと思った。末広は事業展開を夢見ていた。敏夫はこの連中が移住して来たら楽しいだろうなと想像していた。
「では移住を約束して乾杯」末広がコップを持ち上げると、敏夫と桐嶋が「乾杯」と言った。
啓介も「かんぱ~い」と言ってはみたが、内心ではほんとかよーと思った。
桐嶋はチェルノブイリやスリーマイル島のこと、末広は世界のエネルギー政策の事、敏夫は放棄された農地と森林のことを話し、啓介はそれぞれの話を頷きながら聞いて時は過ぎた。
他に客がいなかったので、店主とお上がカウンター越しに会話に加わった。二人とも福島の小名浜の出身でそれぞれ漁師の息子と娘で同じ高校の同窓生で年は2つ違いだと言った。ビールがかん酒に変り皿から肴が無くなる頃、敏夫が最終電車に乗る、と言って席を立った。
末広は大あぐらをかいたまま、近々お邪魔する
と言って陽気に別れの挨拶をした。桐嶋はテーブルに手をつくと跪いた格好になって慇懃に礼をした。啓介も帰ろうとしたが、末広の東京の連中はまだいいじゃないかと言って引止めたので啓介は今少し居残ることにした。啓介は敏夫を出入り口まで送って行った。店を少し出たところで「愉快だった。有難う」と敏夫が振り返って言った。「偶然って楽しいよな、俺これからも行き当たりばったりで生きてゆくよ」と啓介は言った。「山で暮らそうよ啓ちゃん」敏夫は嬉しそうな笑い顔でそう言うと、踵を返し引き締まった背中を向けながら川の方に歩いて行った。敏夫の影が橋のたもとで闇に溶け込みそうになったとき、敏夫が手を振った。「山に来いよーと」と言う敏夫の声が聞こえて、姿が見えなくなった。啓介は叫んだ。「行くぞー」
啓介が席に戻ると末広が大きな身振りで話していた。「いいかい。耕作放棄された農地は今や岐阜県位の面積になっているんだぞ」
とっくりが5本テーブルの上で倒れていた。「しかしまだまだ農産物は作りすぎなんだ。作っても売れねーから耕作を放棄するんだろ。食糧需給率が低いなんて話は大ウソだ。余っちまってどうしょうもねーから皆タダで配って、最後には捨てるんだ」桐嶋が小まめにメモを取りながら聞いた。
「では社長はどうしようっていうのですか?」
「農地を復興するのよ。復興の”こう”は耕作の
“耕”だ」
「でも農地法で農地は農業以外に使えないのですけど」
「じゃ復耕しねえから、勝手にしろよ」末広が箸をポンと投げて横を向いた。
「私が言ってるのではないでしょう。そういうのは農水省ですよ。さじを投げるというのは知ってますが、箸を投げるってのは知りませんね」
すると「そりゃそうだ」末広が頷いた。
案外素直なんだなと啓介は思った。
末広は気を取り直して続けた。
「だからよ。捨てられている田畑にソーラーパネルを敷設してその下で農業をするのよ」
「日当たりが悪くなりますね」
「日陰が好きな作物を作るってーのはどうだい」
酔ってくるとベランメー言葉になるんだな、この人は江戸っ子なのかなと啓介は思った。
「そんな作物ってあるんですか?」
「大有りよ!おおあり名古屋の金のシャチ」
なんてエスキモーが上機嫌になった。
「椎茸はどうだい。ミョウガだっていいぜ。朝鮮人参なんか日が当たっちゃーならねーんだ」
「それはそうですが、農作物は余ってるから耕作地が放棄されているんでしょう?プロが食えないから放棄した農地を社長が復耕してもうまく行くはずはないですけどね」
取材とはこうして本音を引き出すのだな、営業とか交渉とかの参考になるなと啓介は思った。
文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。
*次回は3月7日(月)に更新します
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