タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆無所属という職業

ダンはスポーツビジネスの恩師ボストンシューズのレオナルドシュタインにフットボールの顛末を話した。
「レオナルド、ボストンシューズのフットボールシューズは最高でした。それを履いた素人集団が大学の試合で一勝したのですから」
「I’m glad to hear it. Thank you. だけど
ダン、これからどうするの?ボストンへ来る?」
「いや、しばらく日本にいたいです」
シュタインは少し間をおいてから彼独特の早い頭の回転で言った。「では同じユダヤグループのGICOのゴールドバーグを助けてやってよ」
「What is GICO?」
「It’s insurance company. 保険会社だよ」
「ボク、教えていただいたスポーツビジネスしかできません」
「No problem. ビジネスは皆同じ I know you are a great Mr. business man」
それに対してダンは日本人が取る典型的な受け答えを嫌った。本人なら「有難うございます考えてみます」と言っただろう。「有難うございます。だけどいきなりなので頭が混乱してしまっています。改めてご連絡します」という者もいるだろう。しかしこのような答えはニューヨークでは決断力がない奴として置いてきぼりされる。ダンは言った「Yes Dad, but not 100% commitment」付き合いの浅い大物を父さんと呼んでしまう。

「OK my san, You shall have a call from Hans Tomorrow morning your time」そしてダンは息子と呼んでもらった。
はたして次の朝、GICOのハンスゴールドバーグと名乗る男から電話がかかってきて、時間の縛りがないアドバイザーをやってくれないかと言うオファーだった。「時間の制約がなければ有りがたいです」

そしてダンは保険会社の相談役という身分となった。そして時間の制約がないことに感謝しながら、サーフィン、スケートボード、スノーボードの3Sに加え彼はボストンシューズの為にスポーツシューズをデザインした。そのシューズにローラースケートを付けたローラージョッガーをデザインして、ローラースケートの世界的ブームを起こした。

そしてもちろんいろいろな保険をデザインしたり、日米スポーツの交流に尽力しながら楽しい人生を旅してきたのだった。

「ケイちゃん、これからどうする?」バーのカウンタに肘をついてダンが言った。「再保険業界に来る?」
ダンは自分が30年前のレオナルド、シュタインになったような気持ちでそう言った。
「オレ、山梨に行ってソーラービジネスやってみたいんです」
「ファンタスティック。困ったらいつでも連絡して」二人はスコッチソーダで乾杯した。
明日から山の中だ。啓介は自分に言い聞かすようにスコッチソーダを一気に飲み干した。

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