タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

◆土曜出勤

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時間を潰してみたものの会社にはいつもより2時間も早い7時に来てしまった。エレベーターは何もなかったように啓介を乗せてオフィスまで運んだ。スタッフは誰もいないかと思ったら、思いのほか人はいた。若いロバートがいた。
「Hi」啓介が呼びかけた。「What a quake!」
「ホウシャノウがくるんじゃない?」ロバートが言った。
「知らないよ」
「L/A のマームすぐかえれっていった」
「Will you go back?」
「そうです」と言ってロバートは財務部の方に早足で向かった。
荷物を取りに来たんだと啓介は思った。
平井が出社してきた。きっと家には帰っていなかったのだ。
「どやねん」
「どやねんって?」啓介はなんて答えて良いかわからず聞き返した。
「アメリカさんたちは帰国するらしいわ」平井が眉間に皺を寄せて小声でいった。「放射能が来たらワシも関西にかえるで。上のITの会社の中国人エンジニア達は殆ど出国するんやて」
受付にはだれも座っていない。ただ生けてある桜のつぼみが開花をまちながら盛り上がるように生けてあるだけだった。

桜

携帯電話が鳴った。女の声で「ハーワーヤー」と聞こえた。「アム OK」啓介は答えてそれがトーリーだと分かった。トーリーとはビクトリアの事だ。安否を尋ねる電話だった。まだ仕事前だったので色々長話をしたが何かの問題で電話が切れてしまった。まだ回線は完全ではない。
余震がきてビルが少し揺れている。
アメリカ人たちが出社してきて荷物を整理している。
役員もアメリカに帰るらしい。
啓介は手持ち無沙汰に席に着いた。同期の山田がやって来た。トレードマークのような眼鏡を今朝は付けていない。
「メガネどうしたの?」
「昨日の騒ぎで無くなっちゃったんだ」
「見える?」
「よく見えない」
眼鏡がない山田の丸顔の目はとても小さい。その小さい目を瞬かせて昨夜の話をした。
背の低い小太りが少し小さくやつれて見えた。
なんでも東京駅から歩き出して夜遅く品川を過ぎて、そのまま横浜の金沢区の自宅まで歩こうと思ったそうだ。しかしコンビニや開いているラーメン屋など何件かに立ち寄りながら歩くと、横浜の弘明寺あたりで復旧した一番電車が通過するのが見えたから、上大岡で上り電車で舞い戻ったそうだ。いつもながら何とも要領の悪い奴だ。そんな着の身着のままの二人の傍にほのかにいい匂いがした。由美子の香りだった。

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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