タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆タウンアンドカントリー

車は神田橋を渡ると料金場を登って西に向かった。
千鳥ヶ淵を左に見て地下に入ると神宮の森が現れ、新宿の高層ビルが迫ってきた。短い早春の陽は西に傾きだし、調布から八王子を過ぎるころは雲間から弱々しい光が斜めに流れて、丹沢山系の後ろからは真っ白な富士山が頭をのぞかせていた。上り坂でアクセルをいっぱいに踏んでスピードを維持しながら、古いハイラックスは唸りをあげるとトンネルを抜けたり出たりを繰り返し、勝沼に広がる平野に出た。下り坂を車は安心したように滑走し、右後方に円錐型の富士山が白く独立していた。前は南アルプス。雪を被った大きな塊がそびえている。右は少しなだらかな白い秩父の山々。車の進行につれてだんだん低くなる。山々が途切れそうになるとそれに代わって鋭く尖った八ヶ岳が現れた。山頂が少し茜がかっている。あの山の山麓に行くのだ。末広がオーディオボタンを押すと微かにピアノの音が聞こえてきた。
「ルービンシュタインのショパンだ」
車は長い直線を走り、広い甲府盆地を切り裂いて再び上り坂を喘ぐと八ヶ岳の主峰赤岳が正面に見えてきた。韮崎から須玉に向かうと赤岳は手前の丘に遮られてしまった。ピアノは勇壮で少し物悲しい英雄ポロネーズに代わった。
この曲は母が弾いていたから啓介も知っていた。
懐かしい音だ。
「ショパンは英雄すらほのかに悲しくするんですね」
「英雄は悲しいんだ」
ハイラックスのオートマは低い絞り出すようなうめき声をあげて最後の坂をよじ登ると、長坂のインターで降りた。それから車はヘッドライトを点けてカラマツ林を北に登った。車道の脇にはまだ冬の名残の雪が積まれていた。霧が出て来た。
末広がスピードを落とした。前方に鹿の群れが急に現れた。

鹿
大きな雄が、角を前後に揺するように宙を飛んで木蔭に飛び込んだ。車が停まると後続の雌や若鹿は雄を追うものと行く手を阻まれて元の林に戻る物とに分かれた。
「今年の大雪の中、よく生き残ったものだ」
しばらく車は停まっていたが、後続が戻って来て道を完全に横切ると末広がシフトレバーをドライブに入れてゆっくりアクセルを踏んだ。車は少し空回りしてからまた走り出してから通りを外れてから、左に折れて空き地に停まった。木の家がぼんやりとヘッドライトに浮かんでいた。末広がレバーをパークに入れて外に出ると、両手を上にあげて背伸びをした。
啓介も車をおりた。かなり寒い。山の冷気が針葉樹の香りで満たされて息が白くなった。末広に言われるままに荷台からコールマンのコンテナを下した。
かなり大きいので下す時には両手はもちろん、片膝も持ち上げて支えなければならなかった。家の戸口でそれを下し、ドアーを引いたがドアーは開かなかった。
「鍵が閉まっています」
「鍵なんかかけてねえ」
末広が来て力まかせに引くとバリッと言う音がして
ドアーが開いた。見ると玄関のタタキに氷が張っていた。廊下も部屋も床も小さなスケートリンクの様だ。

*今後は物語が八ヶ岳に移りますので、実写した八ヶ岳の写真を使います

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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