タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう
なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)
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◆怪人ゼット
バットは折れたバットを釘でつないだ大人用の物だった。米軍の基地にはそれぞれベースボールクラブがあったので、折れて捨てられていたバットはいくらでもあった。ダッドに頼めば幾らでも手に入った。
マームはPXで新しい子供用のバットを買いたかったが、イッチャンは執拗にそれを拒んだ。折れたバットをつなげて釘を打ちつけたやつが良かった。焼け野原に釘はいくらでもあった。家が焼けると焼け跡には釘が燃えずに残っていたからだ。
イッチャンとノブチャンは錆びた釘の小さい奴を選んで二つに折れたバットを一つにした。何本かの釘を石で叩いた。バットはどれも斜めに裂けるように折れていたから、二つを合わせて元の形に修復する作業は割と簡単だった。しかしバットは重かった。
昔は今より太くて重いバットを使っていたし、基地に居た兵隊たちは大きかったから、大体960グラム、日本式に言うと2匁目半の重さだった、今より数十グラム重かったわけだ。ボールは使い古しの硬球で当たるととても痛かった。
二人は旧第一中学校、今の日比谷高校の運動場の金網を破って侵入して野球をした。小学校では放課後校庭で遊ぶことが禁じられていたからだ。授業が終わると二人はランドセルを吉田邸に置いて、バットとグローブを隠してある小さな廃墟に二人は向った。
廃墟は爆破されたコンクリートの蔵のような建物で、一部の屋根を残し無残に崩れていた。そのコンクリートの瓦礫が二人の野球道具を隠してくれていた。そこは学校の近くの草地だった。野球用具など吉田邸に置いておけばよかったが、二人は廃墟を収納場所に選んだ。
その方がカッコ良かったからだ。そこは南向きの草原で、そこには防空壕だった竪穴がいくつかあった。その殆どには人の気配はなかったが、人の気配が微かにある壕が唯一つあった。壕の穴の上に錆びたトタンの波板が載せられていて昼間は誰もいないようだった。
しかし夏の遅い夕方など、二人が道具を隠しに戻って来て、赤く焼けた西の空に見える墨色の富士山と裾野に広がる山々を眺めながら、悪だくみの相談などしていると、壊れた煉瓦塀の一番低い場所から、軍服に戦闘帽の男の影が表れて、塀を跨ぐとそのままあの防空壕の一つに向って歩いて行くことが時々あった。
二人はその男を怪人ゼットと呼んでいた。イッチャンは時々、カイジン ズイーと英語式に発音してしまったが、すぐゼットと言い直した。二人はその元日本兵は密かにジェファーソンハイツの米軍に復讐する機会を狙っているのだという意見で一致した。ノブチャンはそれを熱望したが、イッチャンはそれを困った事だと思っていた。
文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。
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