タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆若竹

「別にどっちいってもかまわんよ。今日中に小淵沢まで着けばいいだよ。だけんさっき俺が訪ねた会社の方に戻って来てしまったよ」と敏夫は言った。
「俺なんか毎日東京をあっち行ったりこっち行ったりだ。ところでとしちゃん、何しに東京に来たんだよ」
啓介が気が付いたように尋ねた。
「ああそうだね。始めから聞かん奴も変だが、言わん方もおかしいね」
敏夫が笑っていった。
「土地の有効活用だよ。山や田畑を相続することになって、相続税が払えんからに」
「それでなんで東京に来たの?」
啓介が尋ねた。
「田舎の衆は土地がいらんだよ」
敏夫が言った。
「農業や林業はすたれて、人もいなくなっているからね」
「だらなぜ東京に来たんだよ」
啓介がもう一度聞いた。
「山や農地をどうかしようと思う人は東京にしかおらんよ」
「それでこの辺をふらふらしてたんだね」
「ふらふらじゃないよ。俺の土地に興味があるって社長を訪ねて来たんだ。役場の紹介だよ。啓ちゃんに会うなんて思ってもみなかったよ」
その時、啓介の電話が鳴った。それは呼び出し音ではなく電池が切れる警告音だった。そしてなすすべもなく啓介の電話は不通になった。啓介の電話が通じなくなるとほぼ同時に、敏夫の電話が鳴った。敏夫が携帯電話機をポケットから取り出してその画面を見ると、グリーン株式会社と書いてあった。
「さっきの会社だ」と敏夫が言って電話に出た。

「輿水です。さっきは有難うございました。」
すると大きな声が電話機から漏れた。
「先ほどはどうも。まだ近くにいますか?」
「また戻って来ちまって、お宅の前です」
敏夫がはにかんで答えた。
「そうか、それはいい。もし時間が有るなら食事でもしていってください」
携帯電話がスピーカーと化していた。
「でも友達と一緒です」
敏夫が答えると
「ではその方も一緒にどうです?」と来た。
啓介はその携帯に向かって叫んだ
「ご一緒させてくださーい!」

「では神田橋のたもとの若竹っていう小料理屋に居てください。直ぐ行きます」
スピーカーが叫んだ。啓介も負けずに「そこ知ってまーす」と叫んだ。敏夫は携帯の声に向かって言った。
「すみません。こんな奴ですが連れて行って良いでしょうか」
携帯からは大きな笑い声で「大歓迎です」と言う声が聞こえた。敏夫はほっとした。啓介は「すぐそこだよ」と言って先に立った。50メートルほど先の高速道路の下の神田橋のたもとにその小料理屋の小さな看板に灯りがともっていた。店には4人が座れるちゃぶ台が2つ並ぶ座敷と後は8人ほどが座れるカウンター席がLの字に設えてあった。

場所

「らっしゃい」
甲高い声で痩せて小柄な主が二人を迎えた。
「輿水様ですね。どうぞどうぞ座敷におあがりください。ずーっと奥の御席へどうぞ」
啓介が小声で言った。
「ずうっと奥の方に行ったら川に飛び込んじゃうだろ」
そんな小さな店だった。
啓介の頭から魚の群れは消えていた。魚はみんなこの窓の下のどぶ川に帰って行ったのかもしれない。さっきの憂鬱な気持ちも晴れていた。
「先ほど渡田と言う方から電話をいただいて。4人様の席をお作りしておきました」
と上さんが言った。

「渡田さんがお見えになるまで、おビールでもお持ちしましょうか」
敏夫が啓介に言った。
「渡田って、としちゃんの土地を借りるとか買うとか言っている人?」
「違うよ」
敏夫は首を振った「渡田って誰なのかね?土地に興味がある社長は末広って言うんだけどね。でもなぜ3人じゃなくて4人なんだ?」と啓介は言った。「だれでもいいよ。『俺は渡田だが、お前たちなど知らないからその席を移れ』って言われても、それはそれでいいし、『知らない奴のビール代なんか払えん』と言われてもそれはそれで自腹を切ればいいじゃないか。ビール代くらいあるよ」
「そうだね」敏夫が言った「飲んじゃっていいのかな」
「飲みたいけどな」啓介が答えた。
「お飲みになったいかがですか」お上が言った。「どうにかなりますよ」
「ではまずビール」と二人同時に言ったので店主を入れて4人が笑った。

啓介たちが山の天気や山菜の事を語り合っているうちに
筍の木の芽あえの突きだしと瓶のビールをお上が持ってきた。お上が一本のビールの栓を跳ね、二人に注いで下がって行くのを待って敏夫が言った「こういう時って先に飲んじゃまずくない?」「先に飲むからうまいんだろ、飯のあとではまずくなる」と啓介が言うと、敏夫は「味の事でではなくってさあ」と言う間もなく啓介がすでに「じゃあお疲れ」とか言って、ちょっとコップを持ち上げてからそれを口元に運ぶと一気に飲み干してしまった。

仕方なく敏夫もビールを三分の一程口に含んだ時、店の引き戸が滑る音がした。主の「らっしゃい」の声に、もう一杯つごうとしていた啓介は手を止めて上目使いにその声の主を見た。「まずい」啓介が小声で言うと、背中で引き戸の音を聞いていた敏夫は思わず含んでいたビールを啓介に向けて噴き出してしまった。啓介の顔中がビールにかかっているのを見て「浴びるほど飲んでますな」と野太い声がした。敏夫が首を回すと、声の持ち主は「そのまま、そのまま」と言った。まるで麻薬取引の現場に警察が強制捜査にやって来たようだなと啓介は思った。

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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