タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆ジャーナリスト 片桐

電話の主はジャーナリストの片桐だった。
「いま末広社長から電話があって面白い話があるから本山市に行って見ろって言われました。私いま関東甲信地方の放射能汚染を調べていたところです。前橋にいます。すぐ行きます」
東日本大震災以来である。啓介は末広から片桐が原発の取材のため自ら作業員となって原子力発電所に潜伏していることを聞いていた。

一時間ほどで小さな車が遠くに見えた。坂道を登って来てから森の陰に隠れてまた出てきた旧式のプリウスだ。ドアが開くとカーラジオからベートーベン「田園」が聞こえてきた。バイオリンが例の同じ旋律を繰り返してからティンパニーが鳴って作業服の片桐が車から降りてきた。

「まってました」と啓介が言う。
「ご無沙汰しています」片桐は啓介にそれだけ言ってから直ぐ杉山の方を向いて「フリージャーナリストの片桐です」杉山が「よろしく」と言い終わらないうちに「携帯でいろいろお聞きしましたが、とても奇妙です。大学で研究されておられる様ですが、それでも十分農業はできますよね。日本の90%近い農民は兼業農家ですから」
「十分できます。しかし農業委員会は作物を作ってはいけないと言うんです。ふつう家庭菜園をやっている人に3条が無許可だから野菜を作ってはいけないと言いやしないですよ」
片桐は携帯電話で末広に電話して状況を説明した。末広の大声が電話から聞こえて来る。

「農業するのに許可なんかいらねえ。啓介すぐ種播け。苗を植えろ」片桐がスマートフォンを啓介の前で水戸黄門の印籠のように捧げ持った。
ありがたいお言葉がなおスピーカーから聞こえて来る。「資材置き場をすぐ作れ。農業はお国のためだ」
「でも三条が、、、」杉山が怯えるように言った。
末広の声が聞こえて来る「なぜ三条が通らないのか農業委員会に聞きましたか?」
「聞きました」
「なんと言っていましたか?」
「農業委員会の議事の内容は公表する立場になうと言っていました」
末広の声が轟いた。「ホームページに議事録は載っているよ!」
末広の声は続いた。「なんかあるな。杉山さん。私、今、そのホームページをタブレットPCで
見ますよ。隣の女が持っているから」
「What did you say?」
隣の女の激しい声がした。
電話が切れた。
啓介は思った。アメリカの女に、おっとアメリカの女性に、隣の女なんていったらトラブルよ。片桐と目があった。片桐も肩をすぼめてみせた。モンシロチョウのつがいが、組んず解れつ畑の上を行ったり来たりしていた。「あの少し大きいほうの蝶々が「隣の女」なんて言ったから小さいのが怒っているのですかね?」杉山が真顔でいったので、啓介と片桐が大笑いした。「愛は怒ったり、ふざけたりするものです」片桐が笑った後にしみじみと言った。啓介の頭に由美子の影がよぎった。

しばらくして杉山の携帯電話が鳴った。末広の声がした。「末広です」すかさず啓介が杉山の携帯電話に向って言った。「泥かなんか投げられたでしょう」
「草をぶつけられた。えっなんで知ってるの?」
「そんなことどうでもいいです」片桐が言った。
「ホームページはどうでしたか?」
「変なホームページだよ。日付がおかしいんだ」

■この続きは5月21日に掲載を予定しています