長野県の最北端にわずか13世帯が暮らす小滝集落はある。ブナ林と田んぼに囲まれたその地域には、2015年4月、1組の若夫婦が移住してきた。種類豊富な山野草や瑠璃色の翼とオレンジのくちばしを持ち「森の宝石」といわれる鳥ブッポウソウなどの資源を「宝」とみなし、地域を盛り上げていく。(オルタナS編集長=池田 真隆)

小滝で暮らす吉田さん一家

移住してきたのは吉田理史(よしふみ)さん(35)一家。妻の咲さんと1歳になる男の子の晴大(はれた)くんの3人家族。移住を決めたタイミングで空き家を譲り受け、500㎡ほどの田んぼも借りた。吉田さんは野外教育のコーディネーターとして働きながら、畑仕事にも精を出す一家の大黒柱だ。

吉田さんは栃木県出身で、妻の咲さんの出身は静岡県と長野県には縁もゆかりもない。移住した経緯について、「復興支援活動を通して、小滝の人と触れ合うたびに人の温かさと里山の魅力を感じたから」と話す。

実は、東日本大震災が起きた翌日、最大震度6強の地震が栄村を襲った。信州大学大学院で野外教育について学んだ吉田さんは、同じく大学院を卒業した島崎晋亮さんとアウトドアイベントの企画を行うNPO法人信州アウトドアプロジェクトを立ち上げて活動していた。

長野市を中心に活動していたが、この地震を機に小滝集落と出合った。震源地にほど近い小滝では、7haあった水田のうち5ha分が被災した。さらに、震災前には17戸あった住宅が13戸に減ってしまった。

減ったのは4戸だが、小滝にとっては4分の1に当たる。集落の家並みは寂しくなったが、「一致団結して立ち上がろうとしている意志の強さを感じた」と吉田さんは当時を振り返る。小滝の住民は、この災害を機に今後の集落について住民全員で話し合う機会を重ねていたのだ。

集落が決めたテーマは「300年」。小滝では300年前に危機的な水不足が発生し、住民全員がこの土地から出て暮らしたことがあった。しかし、この土地への想いは消えることがなく、住民らは協力して、遠くの山から水路を開設するために動き出した。

無事に水路を開設したことで、住民たちは小滝に戻ることができた。300年が経過した今でも「小滝堰」と呼ばれるこの水路は維持されており、稲作や雪を消すための生活用水として使われている。

この協働の歴史を住民たちは思い出し、「300年続いてきた想いや営みを300年後に引き継ぐ」という壮大なコンセプトを掲げた。そうして、震災から2年半後の2013年10月に小滝震災復興計画をつくったのだ。

長野県最北端に位置する栄村に小滝集落はある。豊かな自然に恵まれた地域だ

具体的には、小滝で収穫する小滝米を守り続けること、そして、古民家を宿泊施設にし、集落外の人との交流機会を増やすことを活動の2本柱に据えた。

少し顔を見せないと「体調はどうだ?」と心配して訪問してくるなど、住民どうしが手を取り合い生きていく姿に、「小滝全体で一つの家族に見えた」と吉田さん。2015年に移住した後、晴大くんが生まれた。「都心と比べると交通の便は不便ではあるが、自然が豊かで、人も温かく、子育てには良い環境」と話す。

小滝に眠る「宝」で活性化したいと意気込む。ここでいう宝とは何か。「秋になると採りきれないくらい実る柿や栗、専門家でも見る機会が少ない鳥ブッポウソウ、それに、イチゴもアスパラも」と吉田さんの話は止まらない。小滝に住んでいる住民が「当たり前」と思っていた資源を「宝」として、ツーリズムに生かしていく考えだ。

さらに、9月には一般社団法人SATOYAMAそだちを立ち上げる予定だ。障がい者へ里山体験を提供する取り組みを行う。ダウン症がある晴大くんの将来を考え、この団体をつくったという。

「障がいがある子どもにも健常者と同じように里山で暮らす術を教えていきたい」とし、「晴大が大人になったときに自分で農作物を育てられるようになっていてほしい」と親心を見せる。

■小滝米を商品化

小滝の魅力に惚れたのは吉田さんだけではない。老舗子ども服ブランドのギンザのサエグサは、2014年秋に小滝米を再ブランディングした。

「コタキホワイト」として商品化し、自社のオンラインショップや大手航空会社のポイント交換、大手百貨店などで販売を始めた。

コタキホワイト。小滝米をワインボトルに詰め、高級感を演出した

同社は、CSR活動の一環で子ども向け自然体験プログラムを企画しており、その開催地を探しているなかで小滝と出合った。

小滝に住む樋口正幸さんは、同社の三枝亮社長に小滝米を振る舞ったとき、「うまい!」と太鼓判を押された。小滝米は住民が食べるために作っており、販売を目的としてはいなかった。その感想を聞いた樋口さんは、「震災の被害を受けた土地で作った米なので同情の意味を込めて言っているのだろうと思った」と明かす。

しかし、「こんなに美味しいお米があるなら、多くの人に知らせたい」と強く訴える三枝社長の思いに、「ぼくたちはこのお米しか知らないから、比較することができなかったけど、とにかく自信を持っていいんじゃないのか」と住民どうしで話し合った。

その結果、三枝社長の後押しを受け、小滝米を売り出していくために、全13世帯が出資して合同会社「小滝プラス」を立ち上げるなど、準備を整えていった。代表社員には樋口さんが手を挙げた。

商品化を切り出した三枝社長だが、ファッションならまもなく150周年を迎える老舗であるが、お米の販売は未経験だった。しかし、「小滝の人々は被災しても誰も下を向いていなく、ポジティブに前を見ていた。その姿に心底、感動した。ボランタリーな関わりではなく、対等なパートナーととらえ、新規事業として挑みたいと決めた」と当時の覚悟を口にした。

モダンなラベルデザインのワインボトルに詰められ、高級感が増したコタキホワイト(小滝米)は、その希少性と背景への共感も伴い、お歳暮などのギフト商材としてヒットした。今年は販売予定の15トンが、昨年よりも格段に速いペースで完売した。来年は20トンを仕入れる予定だ。

ギンザのサエグサは、2015年から顧客の親子を連れて小滝での稲作・稲刈り体験ツアーも行ってきた。都会の子どもたちは、小滝の豊かな自然に囲まれて伸び伸びとした顔を見せる。三枝社長は、この取り組みが、吉田さんたちのツーリズムに発展していって欲しいという。

小滝での稲刈り体験ツアーに参加する子どもたち

同社が小滝に関わり5年目を迎える。この事業は来年度黒字化を見込んでおり、ますます発展させていく思いだ。三枝社長は、「小滝とつながることで、何かに『気付く』人が次々に出てくる。売上高だけでなく、そこにも価値を見出している」と前を向く。

・コタキホワイトはこちら
・NPO法人信州アウトドアプロジェクトはこちら
・小滝集落についてはこちら


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