「元気な赤ちゃんが生まれてくるように」。親であれば誰しもが当然抱く思いです。しかしこの世に生まれてくる25人に1人の赤ちゃんが、特別なケアが必要な状態で生まれてくるといいます。もし、お腹の中の赤ちゃんの病気や障がいを告げられたら。悩みや不安を、どこで誰に相談したら良いのでしょうか。「胎児医療」を海外で学んできた産婦人科医に話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「-1歳(うまれるまえ)の命」と向き合う

NPO法人「親子の未来を支える会」代表理事を務める産婦人科医の林伸彦さん。東大理学部から千葉大学医学部へ転入して医学を学んだ経歴を持つ

「医療の進歩によって生まれつきの病気はかなりわかるようになりましたが、病院でサポートできる部分には限界があります。日本には『お腹の中の赤ちゃんに病気や障がいがあることが判った時』に特化して、赤ちゃんや家族を支える場所がこれまで存在しませんでした」

そう指摘するのは、NPO法人「親子の未来を支える会」(千葉)の代表理事を務める産婦人科医の林伸彦(はやし・のぶひこ)さん(34)。「それぞれの家族がそれぞれの思いで新しい命と向き合っていけるように、医療・社会的な面から、また精神的な面から、生まれる前の命と向き合うサポートをしたい」と、2015年にNPO法人を立ち上げました。

「日本では生まれた時、0歳です。不妊治療中など妊娠前の時期〜うまれる前の命のことを「−1歳の命」と表現しています」(林さん)

「生まれる前に病気だと知るといろんなことが不安になってしまうので、その時にお母さんや周囲の人たちを支える仕組みが必要だと思っています。現在はメールや電話で相談を受け付けているほか、オンラインで同じような境遇の人や家族に出会い、思いの共有や意見交換できる場『ゆりかご』を運営しています」

それぞれの「ベストな選択」を後押し

「親子の未来を支える会」では現在、「赤ちゃんに異常が見つかったカップルへ」「胎児診断を受けたカップルへ」「上のお子さんへの伝え方」など、異なる利用シーンを想定して全8種類のブックレットの作成を予定している

「お腹の中の赤ちゃんに病気があるとわかった時、病院側から病気のことや手術のことは伝えられるが、お母さんや家族の方たちの不安を完全に無くすことは難しい」と林さんは指摘します。

「病院側も病気や手術の説明だけでなく、受け入れるためのプロセスに寄り添ったり、どうしたら納得する選択を見つけられるかのカウンセリング等を行ったりしていますが、時間は限られていますし、個人情報保護を理由に同じような境遇の人たちとつながることは非常に難しいです」

「子どもを産むのか産まないかは、家庭ごとに本当にいろいろな背景を踏まえて決まってきます。産んで養子に出すという選択をされる方もいます。産んだらどんな未来があるのか、産まなかったらどんな未来があるのか。ここは時間をかけて寄り添い、気持ちや情報の整理をしていく必要があると思っています」

「夫婦間で意見が分かれたという時や、生まれてくる子どものおじいちゃんおばあちゃん、つまり自分やパートナーの両親に出産を反対された時。どうやって皆が納得できる答えを出していくのか、そのためのヒントが必要になります。そんな時に一つひとつ情報を整理しながら、答えを導くお手伝いができたら」

「胎児ホットライン」設立へ

現在作成中のブックレットの中身。「自分を責めてしまう気持ち、こんなはずじゃなかったと思う気持ちなど、多くの人に共通する気持ちについて共感する文章で始まります。ただ寄り添うだけでなく、具体的に有用な情報も載せています」(林さん)

NPOを立ち上げて5年。林さんたちは現在、これまでの相談や事例を踏まえ、「-1才(うまれるまえ)の命」をさらに深くサポートするための「胎児ホットライン」設立に向けて準備を進めています。

「これまでは電話相談と当事者同士のピアサポート『ゆりかご』を主軸に活動してきましたが、活動の中で見えてきたのは、ご家族ごとに必要としている支援が異なるということ。仲間とつながりたい方もいれば精神的なサポートを必要とされている方もいるし、医療的な情報を求めている方もいます」

イギリスで「胎児医療」を学んだ林さん。病院で診療していた際の1枚。「イギリスでは1時間かけて赤ちゃんを見るので、妊婦さんとも色々な話をして仲良くなれます」(林さん)

「それぞれの状況に応じて必要なサポートをつないでいくのが、『胎児ホットライン』の目的。これまでの活動に加えて電話・LINEの相談窓口の開設や、胎児診断を受けたお母さんやその周囲の方、お父さんやおじいちゃんおばあちゃん、上のお子さん、医療者に向けたブックレットの作成、医療者向け勉強会の開催を予定しています」

「病気や障がいのある子どもを育てる時、課題は沢山あります。具体的な情報を知ることで、より不安を感じることもある」と林さん。

「ただ、見えない不安に怯えるよりも、もう少し見える不安に落とし込めた方が、目の前に起きている事実、そして生まれてくる目の前の命に対してしっかり向き合えるのではないか」と「胎児ホットライン」の必要性を訴えます。

「出生前診断」の矛盾と葛藤

「22q11.2欠失症候群」というダウン症候群の次に多い染色体異常をテーマに、年に1度、集まる機会を設けている。集まった皆さんと記念撮影

日本では「胎児に病気や障がいがあっても産みましょう」という姿勢を定めた1996年の「母体保護法」により、生まれる前に病気や障がいの有無を調べる胎児健診を妊婦全員に提供していません。しかし一方で、2013年から「新型出生前診断(NIPT)」が始まり、この広がりによって、お腹の中の赤ちゃんにダウン症などがあるかどうかがかなり容易かつ正確にわかるようになりました。ここに矛盾と葛藤があると林さんは指摘します。

「たとえば、生まれる前に二分脊椎や心臓病がわかると、お腹にいるうちから胎児治療ができる等、赤ちゃんにとってもメリットがありますが、世間では『出生前診断=産むか産まないかを判断する検査』というネガティブなイメージが強い。『新型出生前診断(NIPT)』だけがフォーカスされ、“新型”ではない出生前検査についての議論が全く抜け落ちていることも課題です」

「胎児には保険証もなく、胎児医療も広がらないまま。『新型出生前検査(NIPT)』の良し悪しという議論から抜け出さない限り、日本では胎児医療が普及しないのではないかと考えています」

「新型出生前検査」受検の拡大により
懸念される課題とは

神奈川・湘南鎌倉総合病院で、医療者向けの講演を行なった際の1枚。医療者向けの勉強会の開催も、団体の活動の一つ

2019年3月には、日本産婦人科学会が「新型出生前診断(NIPT)」を実施できる認可施設の基準緩和案を発表しました。

「背景には、近年未認可で『新型出生前診断(NIPT)』を行う施設が多数出てきたことがある」と林さんは指摘します。

「未認可施設の中には、検査のみ行って前後の説明を全くしないようなところもあります。『新型出生前診断(NIPT)』でわかるのは、生まれつきの病気のほんの1割くらい。しかし、説明無く検査を受けると『出生前検査で異常がないと言われていたのに、生まれてみたら心臓病があった』などと納得できない人が出てくることも考えられます。検査の目的やどんなことがわかるかといったことを説明する『遺伝カウンセリング』の重要性を発信していくことも僕たちの役目だと思っています」

産まれた赤ちゃんを抱く林さん。きょうだいさんも一緒に。「妊娠中に出会った方と、その後も長く関わらせていただけるのが最高のやりがいです」(林さん)

「納得する選択にたどり着くためには、本当にたくさんのことが必要になります。自分の想いと現実が食い違っていることもあるし、夫婦間で意見が異なることもある。そんな中で、産む・産まない、どちらかを選ばなければならない。人工中絶を選んだとしても、中絶して終わりかというとそうではありません。その傷も、胸も痛く、つらく苦しい思いを誰にも話せないなど、抱えている方もたくさんいます」

「どちらを選択しても、10年後20年後、これで良かったのだろうかと後悔することも出てきます。そんな時に選択の過程で、いかに理解して、向き合って、その上で選んだという経験が非常に大切だと思っています。産むのか産まないのか、限られた数日数週間の中で、情報の面から、そして精神的な面からもサポートしていきたい」

「胎児ホットライン」設立を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「親子の未来を支える会」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×親子の未来を支える会」コラボアイテムを1アイテム買うごとに700円がチャリティーされ、「胎児ホットライン」設立のための準備資金となります。

「ブックレットの作成や相談窓口対応などを順次行い、2020年内にはすべてのサービスを完成させる予定で動いています」(林さん)

「JAMMIN×親子の未来を支える会」1週間限定のチャリティーアイテム。写真はベーシックTシャツ(全11色、チャリティー・税込3,400円)。他にもボーダーTシャツやキッズTシャツ、トートバッグなどを販売中

コラボデザインに描かれているのは、大きさも模様もさまざまな卵。お母さんの愛をたくさん受けて育まれる「-1才(うまれるまえ)の命」と、一つひとつの命や家族が歩む道の多様さを表現しました。

チャリティーアイテムの販売期間は、4月15日〜4月21日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページではインタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

お腹の中の赤ちゃんに病気や障がいがあった時、妊婦や家族を支え、「-1才(うまれるまえ)の命」と向き合う環境を〜NPO法人親子の未来を支える会

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,000万円を突破しました。

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