若者の進路支援を行う認定NPO法人キーパーソン21は、「若者の自殺と自立」をテーマにイベントを開催した。基調講演には、脳科学者の茂木健一郎氏が登壇した。2011年、国内の自殺者が30651人と1997年以来初めて31000人を下回ったが、大学生の自殺者が1000人を越えた。「脳科学の視点から、自殺願望は抑圧してはならない」と話す茂木氏に、自殺を思いとどめる受け止め方などを聞いた。(聞き手・オルタナS副編集長=池田真隆)

脳科学の視点から自殺を考察する茂木健一郎氏

--就職活動の失敗やいじめなどが原因で自殺する若者たちは増えております。政府が閣議決定した2012年版「自殺対策白書」では、世代別で見たときに20代の自殺死亡率が最も高い数値でした。

茂木:まず、「自殺願望」は、決して無気力的な思考から生まれてきてはいないと理解することが必要です。「買い物に行きたい」や「旅行に行きたい」という衝動と同じように、積極的な思考から生まれてくるのです。

なので、抑圧しても、余計に反発するだけです。向き合うことが解決につながります。「なぜ、自殺したいと思ったのか」、自分と対話し、答えを探すことが必要です。

--自殺する理由はさまざまですが、不況が根底にあるのでしょうか。

茂木:経済的理由で自殺する人は少数です。人が自殺する理由は、人間関係の希薄さです。脳科学では、経済成長では幸せになれないと証明されています。人が存在価値を感じるときは、仲間との関係性を築きあっている状態のときに限ります。

一般的に、その人を理解するには、その人自身を調べれば良いと言われていますが、それは違います。その人を理解するには、その人の関係性を調べないといけません。

常識外れで革新的なことを成し遂げる人物ほど、仲間がたくさんいます。独創的過ぎて、孤独な印象がありますが、それは大間違いです。周りに、信頼できる仲間がいるからこそ、大胆な決断をすることができるのでしょう。

なので、若者には、人とのコミュニケーション力を鍛えてほしいです。英語やITスキルなどは二の次です。

茂木氏の話を聞きに、会場には100人ほどが集まった

--仲間の大切さは認識していますが、極限まで追い込まれた人は相談できないものではないでしょうか。そもそも、相談できる相手がいないこともあります。

茂木:若者が自殺について誰にも相談できない背景には、「自立」と「自己責任」の間違った解釈があります。ここ日本では、自立を、「他への従属から離れて独り立ちすること」と訳されていますが、まったく違うと断言できます。自立は、「複数人との関係性において、自分の役割をまっとうすること」です

なぜ、他者から離れることが自立となるのでしょうか。この考え方があることで、偏差値競争や就職活動の失敗で自殺してしまう人が出てくるのです。自立を偏差値教育の延長線上で語ってはいけません。

近年、目覚しいスピードで革新的なサービスを生み出し続けているアメリカシリコンバレーでは、自立をこのようにとらえています。「自分のできることと、できないことを認識し、仲間と補い合い、個性を出すこと」。

一人で何でもできるタイプよりも、チームで協力し合い、その中で個を生かせる人が求められているのです。

受験戦争も就職活動も、「究極個人の問題」と捉えられてきました。希望する学校に落ちたら、「勉強しなかった当人のせい」、希望する会社に入れなかったら、「調査・練習不足だった当人のせい」と。すべて、個人競技であり、結果は「自己責任」の一言で片付けられてきました。

しかし、厳密には個人競技ではありません。受験勉強する子どもの周りには、塾の先生や学校の先生、親がいるし、就活生の周りにも、先輩や友達などがいます。ある意味、団体競技です。

ですが、肝心の評価を下す側は、個人しか見ていません。その人がこれまでに、どんな人と、どんなモノを成し遂げてきたのかは見ていません。このような中で、「自己責任」だけを問われるのは、まったくおかしいことでしょうね。

社会に出て、何でも一人でこなすことが求められるのでしょうか。むしろ、できないことを認めて、仲間を増やし、みんなで成果物をつくって生きていくことが求められているのではないでしょうか。みんなで動く過程で、自分の役割を認識し、きちんと責任を持ってまっとうする。これが自立した人です。

「みんな違って、みんな良い」という考え方がありますが、その通りです。業績を上げている会社は、ヤンキーもいればオタクもいるというような会社です。

--チーム一丸となることが求められますが、中には、人を利用して勝ち逃げしてしまう人もいるかと思います。

茂木:もちろん、世の中全員がチームプレーに徹することはあり得ないでしょう。仲間を裏切り、利用する人もいます。しかし、私はNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」のナレーターを約4年務めてきて、成長するビジネスパーソンの共有点に気付きました。

それは、「利他の精神」を持っていることです。自分の利益よりも、他者のために行動した結果、今の彼らがいるのです。脳科学的にも、脳が発達する瞬間は、誰かのために動いたときです。逆に、一人だけ勝ち逃げしようと考えた人の脳は、発達が止まります。

――今、自殺に悩んでいる若者たちへメッセージをください。

茂木:不安や恐怖に打ち勝つには、笑いが有効です。負の体験を、何かのきっかけでポジティブな笑いに変えられれば、あなたは180度変わります。

辛く悩んでいることは、将来へ貯金しているようなものとも考えられます。大丈夫。必ず、マイナスなエネルギーは、ちょっとしたきっかけで、プラスに変えられます。


茂木健一郎:
1962年(昭和37年)10月20日生。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授、脳科学者、タレント。学位は博士(理学)(東京大学・1992年)