映画監督紀里谷和明氏が、クラウドファンディングを使って映像制作に挑んでいる。見て見ぬふりをしている社会問題を伝え、意識を変えていくことを狙う。紀里谷氏は、「組織やシステムが人間性を殺している。忘れていた感情に気付いてほしい」と訴える。(聞き手・オルタナS副編集長=池田 真隆)

映像を通して、気付きを与えたいと話す紀里谷さん

――今回紀里谷さんは、「毛皮」をテーマとした映像を制作されますが、今後は、いじめやエネルギー問題など、ほかの社会問題も取り上げていきたいとのこと。紀里谷さんご自身が関心のある社会問題は何でしょうか。

紀里谷:そもそも、ぼくが一番嫌なことは、世界には、無意味で無駄な死や苦しみが多すぎるということです。何でこんなに多くの人や生き物が苦しみ、殺されなければいけないのか。そこには、必然性も正当な理由もないのに。

今回のテーマである「毛皮」の場合もそうです。毛皮製品をつくるために、生き物たちが生きたまま皮を剥ぎ取られるということが実際に起こっています。私たちが知らないだけで、間接的に、そうした生き物の大切な命を酷い方法で奪っているのです。

――映像では、見ている人の感情に訴えかけるような内容をお考えとのことですが、「動物がかわいそうだから」という感情論では、毛皮を製造する企業側と議論が平行線のまま進まない気がします。この点についてどうお考えでしょうか。

紀里谷:感情論は、幼稚なものだといわれるかもしれません。しかし、感情がなくては、人を愛することもできませんし、どんな人間でも本来、感情が行動の原動になっているはずです

今の世の中は、効率化や合理化ばかりを推し進め、つくられた組織やシステムの中で感情を押し込めて生きなければならない時代となっているように感じます。その結果、システムが人間性や感情を踏みにじり、それを奪ってしまうことで、残虐行為も増えているのではないでしょうか。

だから今回の映像を通して、閉じ込めていた感情に気付いてもらうことを狙っています。

■「良い悪い」ではなく「好き嫌い」を判断軸に

――組織のなかで生きていくためには、時として感情とは真逆なことをしなければいけないときもあります。

紀里谷:もちろん、組織の道理に従わなければいけないときもあります。しかし、例えば、自分が所属する組織が、激安価格でものを販売するために、正当性のかけらもない児童労働を強いたり、劣悪な環境で鉱山労働をさせていたのなら、どう考えてもそれはおかしいと思うはずですよね。

不当な労働を強いる行為も、戦争も虐殺も、それは誰にとっても感情的には絶対に嫌なものだし、その感情はすべての人が共感できるもののはずなのです。

しかしながら、組織の中では、論理的、効率的に適切な判断をしようとする。その中で、非効率、不利益などという理由で感情には従わないことが出てきてしまう。

そのような場面で、組織だから、社会のシステムだから仕方がないという理屈で目を背けずに、ひとりの人間として判断すべきなのではないかと思うのです。

映画に出てくる主人公は、よくそういった人間性のある、感情に従った判断をして行動をおこしていますよね。そして、多くの人がそのストーリーに惹きつけられ感動している。つまり、多くの人がそうありたいと思っているからではないでしょうか。

――社会問題に関心のない人たちもいます。そのような人たちにどうアプローチしていきますか。

紀里谷:重要なことは、人が感情的になっているかどうかです。その問題について知る機会があっても、感情に響くものがなければどこかで他人事だと思われて伝わりません。この映像で毛皮の裏側を多くの人が知って、感情的になれたら、どうなるのかを見てみたいです。

――紀里谷さんがこの映像プロジェクトで成し遂げたい社会とはどのようなものでしょうか。

紀里谷:自分の気持ちに正直でいられる社会にしたい。生涯かけて、戦うべき敵は効率化・合理化を追い求め、人間性を排除する組織やシステムだと思っています。私たちは長い歴史の中で発展と共に色々なものを犠牲にしてきました。

しょうがないと言えば、しょうがないのですが、今の時代に、嫌なことを嫌と言えて、悲しいときには思いっきり泣けるもっとシンプルに自分の気持ちに正直な社会があっても良いと思いませんか。

「良い悪い」ではなく、「好き嫌い」という感情を判断軸に人が行動できる社会。懐疑的に思うかもしれませんが、誰にも決めつけることはできませんよね。私は、人の感情を信頼しています。そんな社会を見てみたいと思いませんか。

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